WITCH・TORIP・TO・WOLF


第六話 満月の掟


「んん〜・・・?」
凍えるような冷たい風が頭上に覆いかぶさる葉を揺らす。
一回ふるんっと大きく震えると、リーティは思考回路を無理矢理起動させた。
「あれ・・・・・・?夜?」
トミットリの樹の下から這い出す。覆いかぶさるように林立する、艶やかな果実が実る木々の隙間から、漆黒に輝く空が見えた。
「ぁれ・・・。確か夜までにはここを出ないといけないんじゃ・・・」
きょろきょろと辺りを見回す。と、少しはなれたところで倒れているヴィズを見つける。
「ぁっ・・・・・・!ヴィ」
ヴィズ、と声をかけようとしたとき、不意にリーティの目に光が飛び込んできた。
丸く輝く金色の星―――――月。
どくん、とリーティの胸が高鳴る。
「ぅ、そ・・・」


満月の夜・・・それは、狼族が一番力を蓄えられる日。
より強い魔力を得て、より凶暴になる日。
狼族以外の種族にとっては、恐ろしい夜・・・。


「ぃ、いやぁぁぁっ!」
事実を思い出した瞬間、すとんと座り込む。
リーティはぐっと力を入れ、どうにか立ち上がろうとする。
が、何か魔法でもかけられたかのようにピクリとも動かない。
半ば身体を引き摺るようにしながらもリーティは懸命にその場から逃げ出そうとする。
そのとき、ヴィズがゆっくりと体を起こし始めた。
ひっと小さな悲鳴を上げたのと同時に、手の力までも抜けてしまった。なすすべなく寝転がるようにして倒れる。
ヴィズがゆっくりと顔を上げる―――
瞬間、リーティの背筋に冷たくて気持の悪いものが走る。
いつもは澄んだ青灰色の瞳が、赤黒く、妖しい光を宿している。
耳はピンとはり、尻尾はありえないほどに毛を逆立てて揺れている。
爪は地面につくほど長く鋭く伸び、月の光を反射している。
ズリッ・・・・・・・・・・・・
爪を引き摺りながら、ヴィズがリーティに向かって一歩前進する。
狂ったような殺気がリーティを取り巻く。

ザッッ・・・・・・・・・・!
ヴィズが長い爪を振るった。一陣の風が吹く。
ヴィズの周りの――――果実を実らせていた美しい木々が、一瞬にして消え去った。
「あぁああぁぁぁぁああぁっ!!!!」
意味不明な言葉を発し、それをばねにするようにリーティは立ち上がった。すぐさま向きを変えて走り出した。
(やっぱり、やっぱりやっぱりやっぱりっ・・・・・・!どんなに優しくしてくれても、狼男は狼男なんだ・・・・・・!)
後ろからはゆっくりだが確実に距離を縮めて追ってくるヴィズがいる。
どうしようもない後悔の念が襲ってくる。
(馬鹿だ、私。馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ!!あのときに・・・・・・出逢ったときに・・・・・・・・・!)
―――――殺しておけばよかったんだ―――――
そんな考えが頭をよぎる。
(そうよ・・・。殺しておけば・・・殺せば・・・・・・)
走る速度を緩め、ずるずると身体を引き摺るように追ってくるヴィズを見つめる。
リーティが止まったのに気がついたのか、ヴィズも足を止め、赤黒い瞳でリーティの藍色の瞳をジッと見つめる。
「ぁぁぅ・・・・・・」
ほえた声なのか、何かを言おうとしたのか、それはリーティには分からなかった。
爆音で何も聞こえなかったから。
「グラウンド・ハーバード!!!」
バァァァァン!

爆発音と言うよりは、たたきつけられるような音に近い破裂音が森に木霊する。
黒煙がモクモクと木々に吸い込まれていく。
あちこちから「シュー・・・」と熱が冷める音がし、時に小さな破裂音も聞こえる。
(や、った・・・・・・?)
一際黒煙が重く漂う場所に、皮膚が焼け爛れたヴィズが居た。
もちろん、少女の黒魔法程度では狼男を殺す事はできない。
が、グラウンド・ハーバードは黒魔法の中でも高級なほうに値する魔法。
マナの少ない狼族にとっては、かなりの痛手になるはず。
隠し持っていたステッキを右手に握り締めながら、リーティは唇を噛む。
(なんか・・・嫌だな・・・・・・)
胸の辺りがざわざわと音を立てて何かの警告を発している事にリーティは気がついていた。
(まだ、何かある・・・・・・)
きょろきょろと注意深く周りを警戒する。
恐る恐る、爛れた皮膚から黒煙を噴出しているヴィズに目線を向ける。
(・・・死んだ?・・・ってことはないか・・・)
さすがに心配になり、少し近づいてつついてみる。
「・・・・・・ぅ・・・ぁ・・・・・・」
ヴィズが痛みに顔をゆがめ―――――我慢できるはずの痛みではないはずだが―――――何かをしきりに呟いていた。
リーティは警戒しながらも顔を寄せ、かすかにこぼれる言葉を聞き取る。
「・・・・・・り・・・・・・・・・て・・ぃ・・・・・・はや、く・・・逃げ・・・・・・・・」
「!!」
ぞわり、と再び何かが背中を這う。
いまさらだが、それはただの悪寒などではなかった。
「きゃ・・・・・・何っ・・・」
ずるり、とリーティの足に何かが伸びてきて、ぐるぐると巻きつき始めた。
キュッと締め付け始めたかと思うと、物凄い力で引っ張られる。当然、片足の自由が利かなくなったリーティは転ぶ。
「痛っ!」
ずるずるとそのまま森の奥へと引き摺られていく。
それは、何かの触手の様にうねうねと不気味にうねり、表面からは粘性の液体が染み出ている。
こみ上げてきた嘔吐感にリーティは顔をしかめる。
「ぃ、やっ!!」
ドゥッ!
必死になって魔法を繰り出す。だが、その触手には全く聞いていないようで、一度離れた足首を狙ってうねうねと近づいてきた。
「やめてっ!いや!!」
再び攻撃魔法を繰り出す。が、魔法の間を縫うように触手が走り、リーティの腰に目にも止まらぬ速さで巻きついた。
「きゃ・・・・・・っ!」
ブンッ・・・・!
再び捕らえられて抵抗しようとした刹那、触手が大きく自らの身体を振るった。
「んきゃあ!!」
同時に投げ飛ばされたリーティは、木々の間を数秒浮遊し、コリテリアの樹に激突した。
「ぅ・・・・・・・・・・・・ぁぁっ・・・・・・・・・・・!」
緑色のコリテリアの実がぼとぼととリーティに降りかかる。
激痛を堪えながら顔を上げたとき、
「な・・・・・・・・・」
ヴィズの焼け爛れた体が、触手に引っ張られていくのがかすんだ眼に飛び込んできた。
(もしかして・・・最初からヴィズを狙ってた・・・・・・・・・?)
疑問を胸に抱きながら、背中から伝わる激痛に顔をしかめる。
(どしよ・・・・・・・・・マナを使いすぎた・・・・・・・)
魔女にとってマナが尽きるのは致命的。
マナが底を尽きたとき、魔女は一時的に仮死状態になる―――――
(だ、だめ・・・ヴィズを助けないといけないのに・・・・・・・)
頭でそう考えるものの身体は言う事を聞かず、深く暗い闇へと沈んでいった。