第7場面 DOWN



感覚的に、嫌悪感を覚えるような黒を塗りたくった森の中。
鬱蒼と気味の悪い色の木々が空を塞ぎ、一筋の光の侵入も許さない。
「げほっ・・・・・・ッ・・・おえぇ・・・」
内側が丸ごと削り取られ、コップのような形になった切り株から、キラキラとした澄んだ水が湧き出していた。
故にその周辺だけは、妙に明るかった。
その切り株に寄りかかって、苦しそうに嘔吐する小柄な人物―――――ビビが居た。
「大丈夫か?全部吐いちまえ」
ビビの顔を覗き込むように、話しかけるジタンに、ビビは小さく首を振った。
「だ・・・・・・いじょぶ・・・っ・・・・・・」
立ち上がろうとして、一拍遅れて再び切り株に倒れこむ。
それをジタンの腕が支える。
「無理すんなよ?ただでさえお前には堪えるんだ。ほら、飲むか?」
ビビを倒れている木に確りと座らせ、空き瓶に汲んできた水を渡す。
「・・・・・・・これ、さっきの薬・・・?」
訝しげに瓶を見つめるビビ。ブランクがビビに飲ませた薬も同じ瓶だったのだろうか。
先ほどブランクからもらった薬の空き瓶だった。
聞き返されたことに少々戸惑ったが、別にオレが戸惑う事ないと思いなおし、なんでもないような顔で答える。
「安心しろ、それはそこの湧き水だ」
それを聞くと、納得したように首を縦に振る。
(・・・ここの湧き水も危ないかもしれないって、考えないのか・・・オレって信用ないのか・・・?)
と考えかけてから、ビビは魔法使いなんだから、邪悪な魔力を感じ取れてもおかしくないという考えに行き着いた。
瓶に口をつけ、こくこくと一心に飲むビビを見つめて、自分の中の不安がむくむくと膨れ上がっていくのに気がついた。
(さっきから吐いてばっかりだ・・・前はこんな事なかったのに・・・・・・・・やっぱり強化された毒の効果・・・なのか・・・?)
それに、さっきビビの周りではじけていた魔力は何だったのだろうか。
あのあと、はじけた魔力の刺激を感じた箇所を見ると、小さな焼け跡が残っていた。
今見ていたら、跡はほぼ完治していたのだが、一体どうしてあんな事が起こったのかわからない。
(・・・・・・・・・・ビビの魔力まで・・・・・・強化されたのか・・・・・・・?)
ある一つの可能性を見出したその時、さほど遠くないところで、甲冑の軽い音が響いた。
ビビが休んでいる間、スタイナーには見張りをしていてもらっていた。
「大丈夫ですか、ビビ殿」
がしゃがしゃと喧しい音を引き摺ってビビに近寄る。
「ぁ・・・・うん、大丈夫、です」
空っぽの瓶をジタンに返し、軽くローブを掃って立ち上がる。
「このすぐ奥に、たぶん親玉がいるぞ。戦えるか?」
ずれた帽子を直すビビにジタンが問いかける。すぐ目の前にある獣道の向こうに、一層闇を塗りたくられた、アーチのようなものが在った。
ジタンの顔を見ず、それだけを見つめながら、
「うん」
と力強く言った。









ATE 一筋の光

















「こんなん突破出来んのか・・・・・・・・・?」
かなり無理だと、心の中で自答する。

頭をガシガシと掻きながら、目の前の棘の壁を凝視する。
それは確実に、この奥に潜む親玉の住処への入り口には違いないのだが、その入り口自体を太い棘が塞いでいた。
とびっきり素敵な毒色に染め上げられた棘が。
(どうすっかな・・・・・・・・・覚悟してたけどまさかこれほどまでとは・・・・・・)
上から下までアーチ(棘に包まれているが)を観察し、結局ビビの魔法を借りる事にした。
「ほんとはお前に無理させたくねえんだけどな・・・・・・・やってくれるか?」
「う、うん。やってみるよ」
ビビが恐る恐る前に進み出る。ビクビクしながら手と杖を前につきだし、呪文を唱え始め――――――――――
「・・・っあ!?」
突然ビビの身体が、ジタンとスタイナーの視界から消えた。悲鳴だけを残して。
あまりの速さに、二人の目がついていかなかったのか。ビビは当たり前のように地面に座り込んでいた―――――否、座り込まざるを得なかった。
―――――ビビの足首に、毒色の棘が巻きついていた。
「ぅおわぁっ!?」
「ぬおっ!?」
ビビの足首の棘を発見した瞬間、ジタンとスタイナーも同じ目に遭う事になった。
二人の足首にも、同様に棘が巻きついており、突き刺さった棘に血が伝い始めていた。
そしてそのまま、棘のアーチへ引きずり込まれようとしていた。
ズン、と凄い力で棘のアーチへに引き寄せられる。
さすがに危機感を感じたジタンがが、剣を取り出す。
「ちょっタンマタンマあああっ!!」
その間にも目の前の棘のアーチは目前に迫ってくる。
「ビビっ!!今すぐファイアをしてくれえええ!」
「ぇっ!あっえっと・・・・・・」
すぐさま杖を握りなおし、前に突き出す。今度は最後まで言う事のできた呪文とともに、ビビの体が輝き始める。
(また・・・・・・)
弱冠目を細めながら、ジタンがその正体を確かめようとしたとき、
グォオオンッッ
聞きなれない爆発音とともに、棘のアーチが消し飛んだ。
ばらばらと残骸が三人に降りかかる。
ところが、それぞれの足首に巻きついた棘は、少々焦げただけで、たいしたダメージにはなっていなかった。
それどころか、内側に引き込む力が、ぐっと強くなる。
「・・・やっぱりこいつが親玉だな」
このまま引き入れてくれるのなら好都合。不敵な笑みを浮かべながら、ジタンは抵抗をやめる。
その真意に気づいたのか、いつもは暴走するスタイナーも、手にした剣を腰に収める。
もちろん、ビビは二人の様子に気を配る暇などないほど焦っていたが、
「ビビ、落ち着け」
半泣きになりながら棘をはずそうとするビビを、ジタンが手で制す。
そのときになって、二人の落ち着き払った雰囲気に気づき、恐る恐る棘から手を離す。
刹那、一層強く棘が内側に引っ張られ、三人は完全にアーチをくぐり、内部へ招き入れられた。




内部へ入ったことを確認した瞬間、ジタンの手がすばやく動いた。
瞬間、焦げた棘に亀裂が入り、一拍遅れて炭屑となった。
同様に、ビビとスタイナーに巻きついている棘にも亀裂を入れていく。
完全に開放された三人は、同時に一旦後ろへ退く。
それぞれの武器を構え、形勢を整える。
「・・・・・・・・ダガーっ!!」
ジタンの視界に、ダガーのオレンジ色の服が飛び込んできた。
無造作に、人形でも放り捨てられるように、親玉の背後に寝かされていたダガーは、泥とプリゾンゲージの体液で汚れていた。
「っそ・・・!」
今すぐに駆け寄りたくなる気持ちを抑え、何とか親玉―――――プラントブレインに向き直る。
今しがた、確りと視界に捕らえたプラントブレインを見て、ジタンは吐き気がこみ上げてくるのを抑えられなかった。
二年前とは打って変わって、毒々しい赤紫に染め上げられた花びら。
その中央からのびる、紫色の雄蕊にあたるモノ。
巨木のように太い、八本ほどもある触手。
ぬかるんだ地面に、確りと植えつけられている胴体―――――ジタンのすぐ隣で、嘔吐する声が響きだす。
ハッとしてみると、ビビが杖を地面につきながら、苦しそうに肩を上下させていた。
「ビビ!!」
駆け寄ろうとした刹那、プラントブレインの太い触手が、ジタンに振り下ろされた。
反射的に身を翻すジタン。コンマ一秒ほど前にジタンがいた場所に、太い触手が食い込む。
あまりにも太い触手の勢いに煽られ、そのまま数回転しながら、スタイナーの横に降り立つ。
(今攻撃の矛先がビビに向けられたらヤバイ―――――・・・っ)
脳裏にその一文がよぎった瞬間、再びプラントブレインの太い触手がジタンとスタイナーに向かって振り下ろされる。
二人は、同時に地面を蹴り、軽く跳躍しながらプラントブレインの目前で着地する。
幸い、矛先は二人に向けられているようで、こちらにひきつけておけばビビは安全そうだった。
「おっさん、ビビに攻撃を向けさせるな。あいつには今戦える力がない!」
「わかっている!貴様こそヘマをするな!」
からかうような笑みを交わした直後。
ジタンがプラントブレインの中心―――――小さいが、鋭い牙を持つ口にあたる部分まで跳躍した。
一方スタイナーは、滑るように移動し、プラントブレインの背後に回る。
二人に休みなく触手と花粉の攻撃が襲い掛かる。
「うわおっと!!」
ジタンの足を触手が攫おうとする。それを軽快なステップでよけるジタン。
「へへっ!全然おせーよっ!」
笑みを浮かべ、その場で宙返りをするような格好になる。
その勢いに任せてメイジマッシャーを触手に突き立てる。
そのまま突き立てたメイジマッシャーにぶら下がり、ひねるようにして触手から引き抜く。
「ギャアアアアアアアアアアッ!!」
形容しにくい叫び声を上げ、触手の動きが一層激しくうねる。
足を攫おうとする触手が伸ばされるたびに、軽やかなステップで応じる。


そんな軽快なジタンと裏腹に、スタイナーは般若のような形相で、プラントブレインの背後にじりじりと回っていく。
襲い掛かる触手を剣で受け止め、力任せに薙ぎ払う。
ダガー救出のため、なるべく自分に攻撃の矛先が向けられないよう、静かに歩みを進める。
(頼んだぞ、ジタン・・・・・・・・・・!)
心の中で、柄にもなく懸命に祈りながら、数歩先に横たわるダガーに手を伸ばす。
一瞬、安堵感がスタイナーの心を満たす。
それがいけなかった。

「ぬおっ!!」
鈍い音がしたかと思うと、スタイナーの短い悲鳴。
左右から伸びてきた触手に対処しきれず、思いっきり薙がれ壁まで吹っ飛んでいた。
すでに花びらまで上っていたジタンは、イライラと口を開く。
「おっさん!よそ見すんな!!そんなんじゃここを抜け出せ―――――」
ぶっきらぼうに言葉を放つ―――――否、放とうとした。
ジタンは忘れていた。触手は二年前の倍、つまり八本あると。
ちらちらと目で追っていた四本の触手以外の存在を忘れていた。
結果、背後から忍び寄ってきていた二本の触手に、貫かんばかりの勢いで身体を突かれた。
「ッ・・・・・・」
突然の事に声も出ず、力なく花びらから滑り落ちる。


真っ白になった脳裏で、光が幾百も閃く。
視界のはるか遠くに、突っ伏したスタイナーが。
今も苦しそうに喘ぐビビが。

そして

赤毛の硬そうな頭髪が


















「バカヤローーーーーーーーーーーーッッ!!!!」

切羽詰ったような叫び声。
その声によって、白い世界に捕らわれていたジタンの意識が蘇る。
ハッとして起き上がり、反射的に後ろに大きく退く。
ジタンの目の前に赤い髪の毛が降ってきて、プラントブレインに何かをぶちまけた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
鼓膜を直接たたくような凄まじい叫び声が木霊する。
その凄まじさに、脳が麻痺したように機能しない。
気がついたときには、プラントブレインは身体の所々から煙を上げ、無残な姿で息絶えていた。
「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
突然の事に呆然とプラントブレインの残骸を凝視する。
微かな布擦れの音と、甲冑が動く音で我に返り、左斜め前前方に倒れているスタイナーに駆け寄る。
「おっさん!」
声をかけると、「うーむ・・・」と一回唸り、薄目を開け始めた。
骨折と脳震盪ぐらいは覚悟しておいたほうがいいだろうが、幸い大きな怪我は負っていないようだった。
ふーっと安堵の溜息をつき、そして唐突に思い出す。
「ビビ・・・・・・!」
今まで自分達のことで精一杯で、隅に追いやっていた記憶が蘇ってくる。
振り返り、倒れているべきであるビビに、そしてその脇でビビに何かを飲ませている赤毛の男に駆け寄った。
「ブランク・・・・・・・・・」
赤毛の男――――――――――ブランクが振り返る。その目は鋭く、責める様にジタンを見つめていた。
「バカヤロウが。何やってんだ」
ジタンの胸を押す。ふらふらとよろめくが、確りとした声でブランクに言う。
「悪かった・・・・・・油断したオレたちがいけない」
「ビビがターゲットにされたときはどうするつもりだったんだ?それ以前に、敵を冷静に見れないなんて以ての外だ」
そこまで言うと、意地悪そうに口の端を持ち上げる。
「鈍ったんじゃねーの?お姫様といちゃいちゃする生活が長くて、お姫様以外のヤツはどうでもいいってか」
なぜここまで言うのだろう、という疑問を持ってはいたが、ジタンにはこの言葉は我慢ならなかった。
「てめえ・・・言わせておけば・・・・・・・・っ・・・・・・」
ビビに添えられている右手を無理矢理引き剥がし、そのまま腕を締め上げる。
どういうわけか、ブランクは全く抵抗してこない。
「どうでもいいわけねえっ!!オレは、ビビも守ろうとしたんだ!!」
ブランクは俯いたまま、左手で口を覆い、何も言おうとはしない。
言えなかった。



「ぅ・・・・・・・・・ゲホッ・・・・ッ・・・」
突然ブランクが咳き込み始める。
ブランクのそれは、普通の咳き込み方ではなく、猛烈な痛みを伴っているような、苦しげな咳き込み方だった。
何事かとジタンが訝しげにブランクの赤い髪の毛を見つめていると。
バシャ
ジタンの足下に、赤黒い液体が吐き出された。
サッと血の気が引く。
いつの間にか、締め上げていた手を開放し、数歩後ずさりしていた。
「ブランク・・・・・・・・お前・・・・・」
「どうしたんだ」と声をかけるより早く、もう一度ブランクが大きな咳をする。
今度は、形容しがたいほど。

ドシャッ

大量の血が、紅く広がっていく。
「・・・・・・・・・・・ッ・・・!!」
「ゲホッ・・・・・・っが・・・・っ・・・・・・・・・・・うへえ・・・・・・・気持ち悪りい・・・・・・」
膝を押さえながら立ち上がると、口元を乱暴に手で拭う。
だが、拭うたびに再び咳き込み、更に紅く汚れるばかりだった。
「あ・・・の、さ・・・・・・」
観念したように身体についた血を適当に掃うブランクに、ジタンが恐る恐る声をかける。
「何が・・・」
ジタンの言葉を遮り、ブランク話し出す。。
「タンタラス・・・を、逃がすと、きに・・・・すっげえ数の・・・プラン、ト・・・スパイダに、襲われて、さあ」
途切れ途切れになりながらも、懸命に口を動かす。
「俺・・・・・・ヘマしちま、ッ・・・てよ・・・」
そこまで言い、顔をゆっくりと上げる。
笑顔を取り繕い、左の親指を弱弱しくつきたて、胸を指す。
「俺が・・・一人で片付けてきたんだぜ・・・・っ・・・」
その瞬間、ジタンは何か熱いものが上がってくるのを感じた。
咄嗟にブランクから目を逸らし、こみ上げてくる熱いものを、必死で押さえた。
一粒だけ申し訳程度に落ち、地面に吸い込まれていった。

そうだ
いつだってこいつはこう言うやつなんだ
どんな苦境にもへこたれないで
無理矢理明るい道へ導こうとする
かっこつけても結局ヘマして
そのくせ最後まであきらめない

一人だけ逃げるなんて絶対にしない
勝手に皆を助けて満足する自分勝手な

そういうやつなんだ








ザワ・・・・・・ザワワ・・・・・・・ザワ・・・・・・・
いくつもの音が重なり合い、不快な不協和音を奏でる。
「おっさん、ダガー落としたら承知しねえぞ!!」
「わかっておる!貴様こそビビ殿をちゃんとお守りするのだぞ!!」
「うっ・・・せえ!前見、て走れ・・・!」
ブランクにとりあえずポーションを使い、容態がよくなったところで、プラントブレインの死に気づいたモンスターたちがぞろぞろとやってき始めた。
どっちにしろ、あそこには長居は出来ないとわかっていたし、ダガーとビビにも薬を飲ませ終わっていたので準備は万端だった。
パキィィ・・・・
後方から聞こえてくる、捕食者達の音を気にかけながら、濁った水がしみこんだ地面を一心に蹴り続ける。
ブランクの出欠はかなり酷く、一度はポーションにより回復したものの、怪我の酷さは変わらない。
息が荒くなっていくと、血の塊を幾度も吐き出し、苦痛に苦しんでいた。
今攻撃を受ければ、ひとたまりも無いだろう。
「ブランク・・・さん・・・・だい、じょぶ・・・・・?」
だんだんと意識がはっきりしてきたのか。ジタンの背中で揺れるビビが、焦点の定まらない空ろな瞳で、ブランクを心配そうに見つめていた。
へへ、と弱弱しく笑い、しかし再び大きな血の塊を吐き出す。
「しんぱい・・・・すんな・・・・だいじょーぶ」
口元を拭い、腰につけているポーチから、ポーションを取り出し、一息に自身にかけた。
エメラルドグリーンの光の粉がブランクの身体全体に染み渡る。
「ブランク・・・・・・・無理すんなよ・・・・?」
「はっ。おま・・・えと、一緒に、い・・たら『無理しない』・・・なん・・・て選択っ・・・肢・・は、えらべねえ、よ」
途切れ途切れの言葉を紡ぐ。ジタンは力なく笑い、足下に視線を落とす。
ブランクの血が、ジタンの靴にべっとりとこびりついている。
(・・・・・・・・・・・・・・・・こんなに苦しそうなブランクは・・・・見たことがねえ・・・・)
いつだって、ブランクは強かった。
出逢ってから今まで、殆ど喧嘩で勝ったことはない。
いつだって自信満々で、ノリがよくて、ふざけた意見を言う、楽しいヤツだった。
反面、意外にも正義感が強く、正論を言う事も多い。
『鈍ったんじゃねーの?お姫様といちゃいちゃする生活が長くて、お姫様以外のヤツはどうでもいいってか』
(あの言葉は・・・・オレは・・・・・)
確かに正しかった。もちろん、ビビやスタイナーのことを考えていなかったわけではないが。
ダガーを助けたい、という気持ちだけを信じて行動し、その結果イライラして仲間も自分も危険に晒す事になった。
ビビに攻撃を向けさせない、これも本心だったが、実際問題、いつ触手がビビにたたきつけられてもいい状況だった。
触手が八本あることも、プラントブレインを一目見たときから知っていた事。ある程度予想も出来たハズ。
全てを壊したのは、ジタンだった。

予測できない動きをするのはいつだって『生きているモノ』なのだ。
それをたった一人の人間が予想し、自信満々でそれを信じるなんて傲慢だ。
「くそ・・・・・・・・・」
唇を噛む。先ほどの戦闘で負ったのだろうか、唇が皸ていた。

「・・・・・・・・・・・・・!!」
後方から迫るプラントスパイダに異変が起き始めた。
身体が青黒くなり、頭に掲げてある毒々しい花は、更に毒色を重ね、紫色に染まっていった。
鎌形の腕は、より大きく鋭くなり、新しい腕がぼこぼこと生えようとしていた。
「く・・・・・る・・・・・・・・・・・・!」
がらがらになった声を絞り出し、ブランクがジタン達に告げる。
草木をかき分けるプラントスパイダたちとは違う、それよりももっと危険な音が近づいてきていた。

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・!

風が唸るような低い音―――――森の悲鳴、といってもいいかもしれない。
波動のように滑らかに広がるソレは、唸りながらプラントスパイダを異形のものに変えていく。
「後ろを見るな!!全力で走れええええっ!!」
声の出ないブランクの代わりに、ジタンが声を張り上げる。
背中で揺れるビビが小さく震え、スタイナーはこれで凄まれたらひとたまりも無いような形相で、甲冑の音を響かせる。
「くっそ・・・・・・・・はええ・・・・・・」
ブランクが精一杯の憎しみをこめた目で後方を見やる。
確かに、森の悲鳴は恐ろしいスピードでジタン達を飲み込もうと迫ってきていた。
「もう少しだ!!森をぬければ何とかなる!!」
次第に、ぼこぼことした獣道から、人が入った痕跡のある道へぬけた。
そしてその先には、眩い夜の光が輝いていた。
「急げ!!あとちょっと・・・・・・」
ジタンがそう言いかけた瞬間、隣で走っていたブランクが消えた。
「ブラッ・・・・・・」
スピードを落とし、後方を振り返る。
血を盛大に吐き出し、這い蹲っているブランクの姿が目に飛び込んできた。
「行けよ・・・・・・・・」
ジタンが駆け寄ろうとしたそのとき、小さいが鋭さを帯びている声が言い放った。
「ばっ・・・同じ過去を繰り返さないでもいいだろ!!」
「いいからいけッ!!!!」
反論するが、すぐに強い声に押し戻される。
「ちが・・・もうこんな光景見たくない!」
「お前、のわが・・・ままで、どうこうなる・・・分けじゃ・・・ねえんだよッ!!」
ビクッとジタンの肩が跳ねる。
何とか起き上がろうとしながら、ブランクが再び口を開く。
「へっ・・・なんとなく・・・分かってたさ・・・」
血の塊を吐き出す。よろよろと走ろうとするが、歩くのもままならず、再び倒れそうになる。
「お前がさびしーってんなら・・・いいぜ、最後まで付き合ってやる・・・だがな」
殺気さえも感じ取れそうな、身が竦む様な瞳でジタンを見つめる。
「お前達の誰一人死なせない・・・・・・それでいいな」
最後の言葉は選択肢を与えるような言葉ではなく、念をおすように、有無を言わさないものだった。
ジタンが再び足を動かそうとした直後、ブランクの背後から異形のモノと化したプラントスパイダが襲い掛かった。
「走れっ!!」
はじけたようにジタンが走り出す。
ブランクは力を振り絞り、短刀でプラントスパイダの中心を正確に突く。
それでも次々迫ってくるプラントスパイダたちに向かって、小さく舌打ちをしたあとジタンを追うようにして走り出す。

だんだんと、視界の先が明るくなっていく。
森が裂けた様に外界の風景を切り取っている森の出口からは、霧を通した薄い光が差し込んでいた。
(もう少し・・・もう少しっ・・・・!)
ジタンが祈るように心の中でその言葉を呟く。
はるか前方のスタイナーに、出口の光が触れるのを見た。

瞬間、全身からふっと力がぬけていった。
「っ・・・ぁッ・・・!?」
膝がガクガクと震え、なすすべもなくジタンの金色の髪がぬかるんだ地面の泥に汚れた。
「・・・っ・・ジタンッ・・・!?」
「っく・・・」
しびれたように動かない。と、首筋からびりびりと小さな痛みが伝わってくるのを感じた。
しびれる手をゆっくり持ち上げ、首筋に触れる。

小さな棘が、そこに塗りつけられていたモノ―――プラントスパイダの体液が、毒と化してジタンの身体を侵食していた。

「っば・・よけろッ!!」
乱暴に押さえつけられて―――――ブランクが倒れこんできた、という表現のほうが適切かもしれない。
ジタンの目のすぐ上で鎌が水平に薙がれる。前髪の幾本かがキラキラと中に舞う。
朦朧としたと意識の中で、何の意味もなく空中に目を泳がせていると、首筋に再び痛みが走る。
「ッでえ!!」
痛さにブランクを跳ね除けて飛び起きる。
「っ痛・・・っ」
跳ね除けられた衝撃で再びブランクが咳き込む。
咳は先程よりは軽くなったようだったが、それはブランクの体内の血が絶えている事を表す。
「わりっ・・・」
「さっさと走れ!!ビビ落とすな!」
謝罪の言葉を遮り、かなりイライラした様子でジタンを怒鳴る。
しかし、踏み出そうとした足には力が入らず、すとんと再び膝をついた。
(もう・・・少し・・・なのに・・・ッ・・・・・)
額に脂汗が滲む。背後では怒鳴り散らしながらも、ジタンを守ろうと戦うブランクの声が聞こえる。
「ッ・・・気合っ・・・出せッ!!」
仕方が無く、じりじりと地面を這うようにして進む。
「うわっ」
背後で金属音が響く。
咄嗟に振り返る。

「うわああああああああっ!?!?」
その場に似合わない間抜けな声が響く。
這いながら出口に着々と進んでいたジタンの目の前の地面に、ぶっすりと鋭い刃物が突き刺さった。
「なっ・・・なん・・・!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
何処にそんな力が残っていたんだと聞きたくなるほどの速さで、ブランクが疾走していた。
ジタンとすれ違いざまに、ジタンの尻尾を掴む。
「うわああっ!?な、何だよっ!?」
引き摺られながらジタンが聞く。
「ディテールが折れたッ・・・!」
短くそう答える。ブランクの口からゼーゼーと息が漏れる。
やはり全力疾走はきつ過ぎるらしく、だんだんとペースが落ちていく。
「ブラ・・・」
自分で走る、と声をかけようとした。











一瞬だった。
ジタンの視界が目まぐるしく回転する。
やっと安定した視界の先には、宙に浮かぶブランクが映る。
こちらに手を突き出したまま、青黒く光る触手に絡め取られていく。
その光景に目を奪われ、どすん、と尻餅をつく。痛みは感じない。
それでも目を逸らせない。
視線の先で、ブランクがプラントスパイダの群れの中に消えていった。











「ブランクッ!!!!!!」
叫んだ声さえも吸い込まれるように消えていく。
(何が・・・・何が起こった・・・・・・!?)
手がガクガクと震える。
ジタンは、この感覚は前にも味わった事があることを知っていた。
――――――――――これは、確か―――――――

「ジタン!!早く来るのである!!」
スタイナーの野太い声にハッと我に返る。
「で、もっ・・・ブランクがっ!!ブランクがっ!!」
力の入らない足を必死に踏ん張り、何とか立ち上がる。
よろよろした足取りで、プラントスパイダの群れに近づく。
「待てっジタン!!」

だめだ
あの時命をかけてこの世界を救ったのは
あいつなんだ
あの時あいつが庇ってくれなかったら
きっとオレはこの世界にいない
だから今度は
絶対に助けてやらないと
あいつは生きないと
いけないんだ











「いけよ」

ブランクの声が、妙に響き渡った。

その瞬間、頭上に何かが放り投げられた。
バッと顔を挙げ、それを目で追う。
「・・・・・・・ディテール?」
それは、先ほど折れたはずのディテールだった。
泣きたくなるほど美しい弧を描きながら、ディテールは出口に向かって飛んでいく。

ディテールを追うか、ブランクを助けるか、それ以外の選択肢、そしてその二つの可能性などは頭に浮かばず。
一時間ぐらいの長さの、一瞬が通りすぎる。

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・!
必死すぎて、先ほどまでは気に留めていられなかったその音が、すぐ近くで響いているのに気がつく。
―――――石化の波が、すぐそこまで来ている。

痺れさえも感じなくなった足で、転がるように走る。
石化の波と同時に表れた、森の触手がジタンの足下を救おうと縦横無尽に飛び交う。
不思議と、それに足を取られる、という恐怖感は無かった。
ジタンはただひたすらに、『逃げる』のではなく、ディテールを追う。
感覚がなくなっているからだろうか。
再び首筋が疼いたが、痛みは無い。

ディテールが森の外へ飛び出す。
猫の様にしなやかな動きで、ジタンはそれを取る。
無意識に、森の奥を見やった。


プラントスパイダと触手に囲まれたブランクと目があう。
既に石化しているはずの彼の顔に、自信満々の笑みが、一瞬だけ見えた。



「うわあああああっ・・・・・・!!」
時が止まっていたような、そんな不思議な空間が終わった瞬間、首筋に激痛が走る。
「ジタン!」
先に出てきていたスタイナーが駆け寄る。そのまま、ただただおろおろとするスタイナー。
内心苦笑しながら、その手にブランクの薬を投げ渡す。
「・・・?」
スタイナーは不思議そうに首を傾げ、ジタンに無言で問うが、激痛に耐えているジタンには出来ない。
一拍おいて、「むん」と理解したように頷くと、ダガーに薬を飲ませる作業にかかった。
「っは・・・ぁ・・・」
ビビを丁寧におろし、首筋に触れる。
先ほどとは違う、もう一つの棘が刺さっていた。
(どうりで・・・・・・・・・)
痛いわけだ、と自嘲する様に呟く。
ポーチの中を探り、割れていないポーションを取り出す。
瓶に口をつけ、一気に中身を飲む。
「ぁー・・・」
ほあん、と柔らかく不思議な感覚がジタンの身体を満たす。
ポーションの小さな魔力が、首筋の傷口に集まり、修復しているのがなんとなくわかっていた。
「ブランクを・・・助けねえと・・・・・・」
灰色に変色した森を見て、うわごとのように呟く。

もう遅い、という現実を認めたくなくて、何度も、何度も呟いた。





















懐かしく、忌々しい霧が立ち込める、朝。
懐かしいこの空気は、嫌なものを思い出させるようだった。

灰色の、巨大な岩と化した魔の森の前に立ち、意味も無くそれに触る。
ひんやりとした、朝と霧のにおいがする、岩。
こつん、と額を当てると、脳の奥までがキンと冷えるようだった。
「ばかやろ・・・なんで来たんだ・・・・・・・」
あんな怪我までして、どうして来たんだ。
頭がくらくらした。

先に森を抜け、事の成り行きを見ていたスタイナーによると、
ブランクがたまたま振り返ったときに、ジタンに向かってのびる触手をみたようで。
咄嗟にジタンの前に飛び出て、そのままジタンを突き飛ばし、代わりに捕らえられた、という事だった。

朝露が輝く、短い芝生の上に座り込む。
そのとき、ズボンのポケットに硬い感触を感じた。
不思議に思い、ポケットに手を突っ込む。
「あ・・・・・・」
出てきたのは、ブランクが最後の力を振り絞って投げた、折れたディテール。
剣先がぽっきりと折れており、従来の大きさの三分の二ほどになっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
ぎりぎり残った刃にそって、何かが書かれていた。
泥と血で汚れて、よく見えない。
手袋で丁寧にそれらを拭うと、目を凝らし、文章のような文字の羅列を読む。

読み取ったその言葉は。
『絶対に、生きろ』


「う・・・ぅぁあぁああ・・・・・」
汚くて乱暴で、面識のあるひと以外は読み取れないであろうその字。
ぶっきらぼうに、命令口調で書かれたその言葉。
けれど今のジタンには、一番強く優しい言葉だった。
あんな必死の状態で、自分達を助けてくれたブランク。
それでも、最後に笑いかけてくれたブランク。


本当に、自分勝手に満足して、犠牲になって。
本当にバカだよ、あいつ。





失った仲間を想って、その朝、ジタンは少しだけ声を上げて泣いた。