第6場面 最初の悲鳴



「バクー!シナ!・・・・・・マーカス!ブランク!!」
白く濁った霧が停滞する、鬱蒼とした森。
ジタンの目の前に広がるのは、紅い炎で彩られた劇場艇。
二年前とは比べ物にならない、巨大な炎だった。
「ふざけんなよ・・・・・・なんだよコレ・・・・・・・・・!!」
このまま行くと、壮大なこの森(記憶で言うと魔の森)さえも燃えつくされそうだった。
「ジタン!」
ブランクの声。振り向くと、右肩を抑えながら、辛そうにブランクが歩いてきた。
「ブランク!お前も振り落とされたのか!?」
「見りゃ分かるだろ・・・。おかげで右腕が挙がらなくなっちまった。しばらくは無理に使えねえな・・・」
強く打ったのか、ブランクの右腕は時々痙攣していた。
「それより・・・・・・・・・これ、どうすんだ・・・」
「どうするって・・・・・・」
ジタンは目線を下に落とす。
時間がたつにつれ、炎の勢いは更に増していく。大きな風が吹けば、全てが炭と化しそうだった。
「どうすりゃいいんだ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
落胆する二人の間に沈黙が流れる。
ヒュウ・・・
湿った、弱い風が沈黙を空へと押し上げたのか、代わりに喧騒と悲鳴が聞こえてきた。
「あー・・・・・・こんなときに頭まわらなくなるなんてな・・・・・・・・・」
ボソリ、とブランクが呟く。訳がわからないというようにジタンはブランクを凝視する。
「目ぇ覚ませ、ジタン。今やれるべきことは何だ?」
「・・・・・・・・・・・・!」
ジタンの目に光が帰って来る。
(どうしてあきらめようとしたんだ・・・。今やれるべきことをやればいいだけなのに・・・)
「やるべきことは、何だ?」
もう一度、ブランクが問う。
「いまやれるべき、全ての事を、この炎を消し止める最善の事を」
ブランクは満足そうに微笑んだ。


「無事な奴は怪我人を外へ運び出せッ!!荷物もだ!!」
バクーの太い声が響き渡る。
プリマビスタ楽団のメンバーは、殆どが気絶寸前だった。辛うじて、小さな呼吸を繰り返しながら、泥と炭と血で汚れた足を動かす。
「あっ!」
怪我人と荷物を運び出してきたシナが、二人を見つけて声を上げる。
荷物を傍らの木の根元に放り投げると、二人に向かって駆け寄ってきた。
「やっぱり生きてたずらね、ジタン、ブランク!飛行中の飛空艇から飛び降りるなんていくらジタン達でも無茶しすぎずら」
「墜落の衝撃で吹っ飛ばされたんだ。そんなことより、ほかのみんなは無事なのか!?」
右肩を抑えるブランクをちらりと見やって、ジタンが答える。
ブランクも一緒に吹っ飛ばされたせいか、二年前と弱冠セリフが変わっているようだったが、話の流れには影響は無いようだった。
「それならぜんぜん心配いらないずら。みんな悪運が強いからピンピンしてるずら!」
ガッツポーズで応じるが、次の瞬間には顔に影がさした。
「でも、このままじゃつるし首になるずら。ガーネット姫がどこにも見つからないずら!」
「!!」
「!!」
ジタンとブランクが同時に身体をこわばらせる。
(おい、やべえぞ。ここは魔の森だ。そんじょそこらの雑魚なんかよりもずっと強いモンスターが出る)
ジタンにだけ聞こえる声で、ブランクが呟く。
ツ、とジタンの頬に一筋の汗が流れる。
(しかも強化されてるときた。お姫様やビビが捕まったら、洒落になんねーぞ!)
二年前、今と同じように魔の森へ墜落したとき、ダガーが攫われた事を思い出す。
そして、ブランクが―――――
「聞いてるずらか?二人とも!」
シナが訝しげに二人の顔を覗き込んできた。
話が聞かれたかと血の気が失せそうになったが、シナは何も変わらず不思議そうな顔をしている。
ひとまず安心して、ブランクが答える。
「ああ、大丈夫だ。シナ、周辺に居るモンスターを片付けようか?」
無理矢理こじつけたような理由で、森の奥へ行く口実を取り付ける。
「おぉ!それは助かるずら!ここの事は、おいらにまかせるずら!」
シナに任せるのは、かなりというか相当心配ではあったが、
「よろしくな」
頬の端が引きつらないよう気をつけて、ブランクは言葉をつなげた。
「よっしゃあ!待ってろ!ダガー、ビビ!!」
そう言うや否や、湿った土を踏みつけ、より濃い霧が立ち込める、森の奥へと走り出した。





ATE 森の下僕















「・・・・・・・・・!」
「ジタン、聞こえたか?」
「ああ、早くしねえとやべえ!!」
二人が森の中を駆け抜ける。そのたびに、森がざわざわとざわめく。
森のざわめきの間に、微かにモンスターの声と、ビビの悲鳴が聞こえてきていた。
濁った水を蹴り上げ、記憶を頼りに大木のトンネルをぬける―――――
「姫様っ!!今お助けしますぞ!」
目の前にスタイナーの甲冑が現れた―――――と認識した瞬間、ガシャンという金属音が響き、スタイナーがモンスターに切りかかった。
「おいジタン!姫さんとおっさんが・・・!!」
「おっさん!加勢する!」
意気込んで腰からダガーを抜く。が、スタイナーの剣の先を見て背筋に冷たいものが走った。
二年前とは明らかに違う、赤黒いモンスター。
そして、頭の上に―――――
「ダ、ガー・・・・・・・・・・・・・・・っ!」
腰までプリゾンゲージ(だと思われる)の身体に腰まで埋もれ、上半身は体液でべっとりしている触手によって支配されていた。
「・・・・・・・・・融・・・合・・・・・・!?」
ブランクの呟きがジタンの耳に届く。
それは、吸収による融合だった。
「おっさん!攻撃すんな!!」
叫ぶのと同時に、スタイナーの懐めがけてダガーを放つ。
「ぬおっ!?」
キンッと金属音を響かせて、ダガーが甲冑に跳ね返される。
その小さな衝撃により、スタイナーがバランスを崩し、重たそうな身体ごと顔面からつんのめった。
「ぬぁにをするジタンーーーーーーー!!」
怒りをあらわにしながらガバッと勢いよく起き上がる。
「そいつに攻撃は出来ない!いまそいつとダガーは融合状態にあるんだ!!」
跳ね返ってきたダガーをキャッチしながら叫ぶ。
「ぬぁんだとーっ!?」
いちいち喧しい口調で答える。
と、ジタンとスタイナーの間に一陣の風が吹いた。
ジタンがその風を目で追う。ブランクが二人の間をあっという間に駆け抜け、モンスターの目の前で跳躍していた。
「おとなしく・・・してろっ!!」
バシャッ!!
紫色の液体がプリゾンゲージにかかる。
ブランク特製の薬だった。
直後、耳がおかしくなりそうな、プリゾンゲージの悲鳴が上がった。
「うわっ・・・・・・!」
「ぬおっ・・・・・・!」
ジタンとスタイナーは咄嗟に手で耳を覆う。激しいめまいが襲ってきたが、辛うじて立っている事はできた。
しかし、至近距離でその悲鳴を聞いてしまったブランクは、気絶してしまっているようだった。
シューシューと身体から煙を上げながら、ブランクまでをも取り込もうとプリゾンゲージの触手が伸びる。
ジタンもスタイナーも身動きがとれず、加勢することが出来ない―――――

「ファイアッ!!」

突然、ジタン達の後ろから声が聞こえた。と思った瞬間、プリゾンゲージめがけて火の塊が飛び込んでいった。
ブランクに伸ばされていた触手が俊敏に動き、火の塊を叩き落とす。
そしてそのままの勢いで触手を頭上の樹に伸ばし、思い切り地面を蹴りつけジャンプすると、木々の間に消えていった。
しばらく状況が理解できずに、その場の全員が呆然としていると、唐突に泥が滑る音が聞こえてきた。
ジタンが恐る恐る振り返ると、
「ご、ごめんなさい・・・・・・」
おびえる目でジタンを見上げるビビが居た。
ジタンは何を謝っているのか分からず、首をかしげた。が、それをビビは怒っていると捕らえてしまったようで、一層身体をこわばらせた。
「おねえちゃんが・・・おねえちゃんが攫われそうなのに・・・・・・僕・・・・・・僕・・・・・・ひ、一人で・・・隠れちゃってて・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
俯きながら、やっとそれだけの言葉を紡ぎだす。そう言うことかと、ジタンは一人で納得し、ビビを怖がらせないようにしゃがんだ。
目を硬く瞑り、怯えるビビの帽子を、優しく撫でた。
「大丈夫、怒ったりしないよ・・・・・・」
ふっとビビが目を開ける。上目遣いにジタンの顔色を伺い、
「怒ってないの・・・?僕、何も出来なかったのに・・・?」
弱冠不安が残る眼差しで言った。
ジタンはにっこりと笑い、ビビの目をちゃんと見れるように膝をついた。
「怒らないさ。ビビは、オレたちを助けてくれただろ?ビビのファイアが無かったら、あそこでのびてる奴もいまごろ攫われてたぜ」
肩越しにブランクを指差し、ハハッと笑いを漏らす。
もしプリゾンゲージに当たっていたらダガーも巻き添えになっていたかもしれないので、少々冷たい汗を流しながらだが。
「・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・」
ビビの瞳が安心したように揺らめいた。
「おっさん、大丈夫か?」
もう一度だけビビの帽子を撫で、ジタンは気を取り直すようにスタイナーに声をかけた。
「これしきの攻撃・・・このスタイナーには通じぬわ!!」
咆哮するように剣を振り回す。
「それだけの元気があれば大丈夫だな・・・・・・」
おっさんの事はもういいとして、今度はブランクの様態を確認する。
「ブランク?」
声をかけてみるが、時折呻くだけで返事は無い。
「あんな至近距離であの悲鳴を聞けばこうなるな・・・」
スタイナーに劇場艇まで運んでいってもらおうと、
「おいおっさん・・・」
声をかけようとしたときだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・る・・・・」
「ん?」
ブランクの口から、小さな呟きがもれる。
かがみこんで、よく聞こうと耳を近づける。しかし、またブランクは黙ってしまった。
「ブランク?」
もう一度呼ぶ、すると、今度ははっきりとした声が聞こえてきた。
「毒・・・・が・・・・・・・・・二年、前の・・・・・・来る・・・・・・」
「・・・・・・・・!!」
「は・・・や・・・・にげ・・・・・・・・・・・・」
「二人とも!後ろの大木をぬけて劇場艇まではしれ!!」
ブランクの言葉を最後まで聞き終わらないうちに、ジタンはブランクを担ぎ上げ、走り出していた。
「なにごとかっ!?」
おろおろしながらもビビの手を引いて走り出すスタイナーにジタンはイライラしながら叫ぶ。
「忘れたのかよおっさん!!おっさんも二年前にプリゾンゲージの毒食らっただろ!!」
「なにっ!!」
二年前、この森でビビを攫おうとしたプリゾンゲージを倒した直後、その亡骸から放たれた種子による毒で、ビビとスタイナーは命の危険にさらされた事があった。
ブランクは、倒れていたために、地面から伝わる微かな振動を感じ取ったらしい。
「な、なにあれえっ!!」
半ばスタイナーに引き摺られるように、後ろ向きで走っていたビビが怯えた悲鳴を上げた。
「なんだあれはっ!!」
その声につられて、スタイナーが首をひねる。
「どうなってんだおっさん!!」
自分と同じくらいの人間を担いでいるジタンには後ろを振り返る余裕などなく、走ることと転ばない事に専念しながらスタイナーに聞く。
「じゅっ・・・十匹ほどのプリゾンゲージがすごい速さで追いかけてきているのだ!」
「なっ・・・・・・」
さほど遠くない場所から、何本もの触手と足がうごめく音がジタンの耳にも届いてきていた。
劇場艇が墜落した場所までは、そう遠くない。が、密林する木々からも飛び降りてくる数十匹のプリゾンゲージをよけながらでは、そう簡単にはいかない。
「ビビ!ファイアを頼む!」
次々に襲い掛かる触手をダガーできりつけていく。たいしたダメージにはならないが、ひるませる事は出来た。
「えっ?でも僕・・・」
「頼む!!今ここで手間取っているわけには・・・・・・・・・いかないんだ!」
「・・・・・・わ・・・わかった」
スタイナーが、つないでいた手をビビの腰に回し、ひょいと自分の肩に担ぎ上げた。
突然の事に戸惑いを見せたビビだったが、迫り来るプリゾンゲージに向かって手と杖を突き出した。
「あと少しだ!」
触手をよけながら、ジタンが叫ぶ。
目前に、ゆらゆらと揺らめく炎が見えてきた。
劇場艇に近づくにつれて、プリゾンゲージが引き返し始めた。
「ビビ!オレが合図したらファイアをうってくれ!ぎりぎりまで引きつけてからのほうがいい!」
「わ、わかった!」
手を前に突き出した格好のまま、ビビの口が微かに動き出す。
同時に、ビビの体に紅い光が取り巻き始めた。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ・・・・・・?)
ビリッと頬に微かな刺激を感じる。
攻撃かと周りを見回すが、追ってくるプリゾンゲージのほかにはモンスターは見当たらない。
(・・・・・・?)
今度は、首筋に刺激。
木の根を飛び越えながら後ろを振り向く―――――
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ビビ・・・・・・・・・!?)
ビビの身体全体が紅い光に包まれて、眩しい輝きを放っていた。
時々、光りの表面で何かがはじける。それが跳ねてジタンの頬や首に当たっていたようだった。
しかしそれは固体でも気体でも液体でもなく。
(・・・・・・・・・・・・魔力・・・・・・?)
「ぅおぁっ!?」
思わずビビを凝視してしまっていたようで、足下に伸ばされた触手に気づかなかった。
触手に捕まる事は無かったが、つま先が引っかかり思いっきり転んでしまった。
一瞬だけ、ブランクと同時に宙に浮かぶ。
直後、迷惑な方向に突き出た枝が待ち受ける地面にたたきつけられた。
「痛ぅ・・・・・・・・・」
痛みに顔をゆがめる。枝が何本か背中に刺さってしまっているようで、起き上がろうものなら泥にうまった枝に引っ張られて激痛を伴うだろう。
ふと、紅い炎がジタンのすぐ上にあることに気がついた。
放り出されたところは、ちょうど劇場艇の目の前だった。
追いついてきたスタイナーの喧しい金属音が耳に響く。
そのすぐあとに、グロテスクなプリゾンゲージが触手を伸ばしながら追いかけてきていた。
もう時間は無かった。
「ビビッ!」
ビビの肩がびくりと跳ねる。紅い光が一層強く光り出した。
「うったらすぐにこっちに飛び込んで来い!!おっさんも滑り込め!」
「わかったである!」
ビビを乗せたスタイナーの姿がどんどん近くなっていく。それと同時に、触手もすぐ近くまで迫っていた。
なんの前触れも無く、ジタンはかすれた喉を振り絞り叫んだ。


「奴らにお前の力を見せてやれ!ビビーーーーーッ!!」

グォオオオオオオオオオオオオンッッ!




大地を揺るがす凄まじい爆発音。瞬間、聴力と視力が消しとんだ。











その中で、唯一聞こえた音があった。


誰かの悲鳴と


悲しい記憶の歌


それが入り混じった


闇の声




ふはははははは!

やっと・・・やっと・・・手に入れた・・・!

哀れな破壊者達の―――――

























「う・・・・・・・・・・」
痛い。痛い。痛い。
背中が熱い。



「目を覚ましたか?」
「・・・・・・・・・ブランク・・・?」
うっすらと目を明ける。右肩から右肘にかけて包帯を巻いたブランクが、ドアに寄りかかっていた。
「ここは・・・?」
ジタンが寝ているのはベッド。その右横にサイドテーブルがあり、小さなランプが灯してある。
綺麗とは言えない乱雑な暗い部屋の隅に、薄汚れた二段ベッドが一つあった。
「劇場艇に決まってんだろ」
あきれたように溜息を漏らす。
「逃げ切れたのか・・・」
ほっと息をつくジタン。ブランクが苦笑する。
「当たり前だ。オレはヘマはしない」
まあ、さっきは気絶しちまったけどなと最後に付け加えた。
「ありがとな、運んでくれて」
「ん?ああ、お互い様だ」
ベッドから身体を起こす。背中に痛みが走ったが、さっきよりは軽くなったので無視した。
「ビビとおっさんはどうした?」
「おっさんは顔を擦り剥いたくらいなんだが・・・・・・ビビが・・・・・・」
心底疲れたというように頭を掻く。
ジタンの背中に冷たいものが走った。
「まさか・・・・・・・・・」
「安心しろ。攫われてもいないし、死んでもいない。でもな・・・・・・」
再び溜息をつきながら、サイドテーブルの横にあった椅子に乱暴に座る。
ランプの炎がゆらりとゆれた。
「プリゾンゲージの・・・最後の最後に放たれた種子を食らっちまってな・・・・・・危険な状態なんだ・・・・・・・」
「・・・!!」
ジタンは今にも掴みかかりそうな勢いでブランクに詰め寄った。
「それでっビビはッ・・・助かるのか!?」
「ああ。丁度割れていない薬があってな。それで一応は回復した」
「一応・・・ってなんだよ・・・?」
ジタンを制しながら、ブランクが辺りを見回す。
人の気配が無い事を確かめると、二度目の溜息を漏らす。
「言ったろ・・・・・・・・・モンスターが強化されてるって。いや・・・本当、強化って言うか、進化だなあれは・・・・・・」
三度目の溜息。
「もちろん容姿だけの強化じゃないはずだ。中身も当然強化されている」
「ああ、それはこの前の城に現れたトロールで分かってる」
「まあそれでだな・・・毒も強化されている可能性が高い・・・・・・というか、ほぼ100%強化されてるんだよ」
四度目の溜息。ブランクが椅子の背もたれに全体重をかける。ギシ、と軋む小さな音が薄汚い部屋に、妙に響いて聞こえる。
「さすがに、オレも未知の毒の解毒剤なんて作れねえ。だから、一応の応急処置って訳なんだ」
「そうか・・・・・・・・・」
五度目の溜息。ブランクの薬が残っていたのが幸いだったが、強化されているのなら油断は出来ない。
「ブランクは大丈夫なのか?」
「ん?オレか?」
ハハッと明るく笑う。にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「大丈夫に決まってんだろ。お前、オレと何年の付き合いだよ」
「・・・馬鹿は風邪ひかないって言うしな」
「うわ、お前に言われたくない」
顔を見合わせたあと、同時に笑い出す。
ジタンには、このやり取りが出来なくなるなんて信じたくなかった。
「ビビは、今何処に居るんだ?」
「ああ、一応動けるようになったから、おっさんと一緒に倉庫で休ませてるよ」
「もう動いても平気なのか?」
「ああ。なんとか薬がちゃんと聞いてくれたみたいだからな。それと・・・」
ブランクがサイドテーブルに何かを置いた。コトッと軽い音がした。
それは、水色の小瓶に入った、澄んだ液体だった。
「何だよこれ」
「お前の傷の薬。ちゃんと塗らないと膿むぜ」
まじまじと小瓶を見つめるジタンを置いて、ブランクはさっさと出て行ってしまった。
早くしろという事なのだろう。
「・・・・・・・・・・・・あいつ・・・・・・今度はちゃんと逃げ切れるようにしないとな・・・・・・」
ここでダガーを助けたら、間違いなく森が石化を始めるはず。
ましてや、強化されているのだったら尚更だ。石化よりも酷い状態になる可能性だって十分ある。
「くそ・・・・・・・」
どうすればいいのか何も浮かばず、ジタンの口からは悔しさがこぼれ出てくるだけだった。



「おーい、お二人さん。気分はどうだい?」
「早く姫様を助けに行くのだ!一刻を争うのだぞ!」
「はいはい・・・。分かったって」
スタイナーの主張を軽くかわしながら、ブランクはビビに優しく話しかける。
「なんか痛いところないか?」
「う、うん・・・・・・大丈夫。有難う、ブランクさん」
「そうか・・・・・・」
本当は強化の影響が心配で仕方が無かったが、とりあえずまだ変化は見られないようだったので、気にしないことにした。
「ジタンもさっき目が覚めたんだ。焦んなくても、もう少しで姫さんを助けられるって」
「そもそも、この状況はどういうことなのだ?なぜブラネ様が生きておられて、姫様がまたも攫われて・・・ここは二年ほど前に来た森ではあるまいか?」
「そう言うことは、森から出たらちゃんと話すさ」
少なくともジタンが。
そう最後に付け加えようとしたが、あえて言う必要は無いと思いなおし、そのまま口を噤む。
「うむむ・・・・・・・・・・・・・先ほどの敵、恐ろしく強かった・・・・・・・・・・まだあんなのが出てくるのか?」
ゆっくりブランクが頷く。
「だとしたら、親玉を倒すには骨が折れる・・・・・・弱くする事は出来ぬのか?」
「それが出来たら苦労してねえっつの・・・・・・・・・」
「うむ・・・・・・・・・」
ブランクが八つ当たり気味に、足下にあった箱を蹴る。箱は床を跳ね、奥に積み上げてあった機材にぶつかった。
「とにかく、姫さんを助けない限りはじまらない。ビビの調子がよくなったらすぐ行こう」
「うむ」
スタイナーが頷く。確認を取るように、ブランクがもう一度頷いた後、ドアノブに手をかけた。
「あ、あの・・・・・・・・・・・・」
ブランクの耳に小さな声が届く。ビビが小さく縮こまりながら、おずおずと上目遣いに聞いてきた。
「僕も・・・行くの・・・?」
不安そうな表情を乗せて、やっと聞けたというような雰囲気だった。
ブランクがドアノブから手を離し、膝を突いてしゃがんだ。
「嫌、か?」
優しい声で聞くと、ビビは俯き加減に、小さく頭を振った。
「嫌じゃ・・・ない・・んだ・・・でも、でも僕ね・・・何にも出来ないし・・・」
ビビが顔を挙げ、ブランクの目を真っ直ぐ見た。
「怖いんだ」
素直な意見。こんなにも純粋に怖いと思えるビビが、ブランクには羨ましかった。
「そっか。じゃあ、ビビは助けないのか?」
少しだけ、意地悪な質問を投げかけてみる。すると、ビビは少々ムッとしたように、金色に輝く瞳を揺らめかせた。
「僕のせいでもあるから・・・絶対に、助けるもん・・・」
意地悪をしたことに少々反省をしながら、しかしその素直で純粋な答えにブランクは微笑んだ。
「じゃあ、行くな?」
「うん!」
先ほどとは、少し変わっている決心。
その姿を見て、ブランクは思う。

(・・・・・・・・・・・・誰一人、欠けさせてたまるか)



「ヘッ・・・・・・ヘッ・・・・・・ヘップション!」
大きな、それで居て間抜けな音が小さな部屋に響く。豪快にくしゃみをするバクーをみながら、ジタンは部屋の扉を静かに閉めた。
「待ちくたびれたぞ。来ねえかと思っちまったい・・・・・・やっぱり助けに行くんか?」
ジタンは当然とでも言うように、胸を張って答える。
「あいつと約束したからな。最後まで・・・・・・ちゃんと誘拐してやる」
二年前の言葉だから言うのではない。本当に、心からもう一度言う言葉だった。
「ガッハッハ!理由なんて聞いてねえよ。あの姫、なかなか美人だから、おめえがホレるのもしかたねえ!」
もう一度、豪快に笑った後、ジタンの目を見ていった。
「理由なんて、それで十分だ!」
変わらないその暖かさに、ジタンは鼻に何かがあがってくるのを感じた。
咄嗟に俯き、必死でその何かを堪えると、もう一度顔を上げ、バクーの顔を見て頷いた。
「でっ、覚悟はできてんのか?タンタラスのオキテは絶対だかんな、相手がお前でも手加減しねえぞっ!!」
バクーが口元に不敵な笑みを浮かべる。それに対抗するように、ジタンも口の端をスッと上げた。
「ああ、わかってるさ」
「よ〜し、思いっきりやんぞ!隣の貨物室で相手してやらぁ!!」
肩をまわしながら、ジタンを乱暴に押しのけ、これも乱暴にドアを開けた。
貨物室へ出ると、準備体操を始めるバクー。その光景に少し笑いながら、ジタンも続いて貨物室へ出た。
バクーがくるっとジタンに向き直る。ジタンはすでに戦闘体勢に入っていた。
「覚悟はいいか、ジタン!?」
「いつでも来い!」
「本気でいくぞっ!」
ジタンがダガーをスラッと滑らかに抜く。それが合図となったように、バクーが跳躍し、ジタンに飛び掛ってきた。
ジタンはすばやく左にステップを踏むと、床を蹴って反対側へ着地した。
床がかなり大きな悲鳴を上げたがお構いなしだ。
「うおっとっと・・・」
わざとらしく床の穴に足を取られたようにつんのめりながら、剣を支えに体勢を立て直した。
その隙にジタンはバクーの隙だらけの背中へ移動し、ダガーで切り付けた。
「ガハハ!くすぐってえぞ!」
そう言うや否や、身体ごと後方へ振り、ジタンを吹っ飛ばそうとした。
脳天にバクーの腕が当たる直前、再びジタンがジャンプし、バクーの顔面を踏みつけた。
「ぐふ・・・」
なにやらバクーが苦しそうに呻いたが無視し、勢いのまま壁に足をつき、思いっきり蹴った。
身体全身の体当たりをバクーに食らわす。
グラリとバクーの身体が揺れ、床に突っ伏す―――――
「でぇえいっ!」
と、バクーの手に握られていた剣が力任せに振られ、ジタンの脳天に直撃した。
「ぐわあっ・・・」
そのまま数メートル吹っ飛び、武器やら機材やらが山積みにされて出来た壁に激突した。
「ってえ〜・・・」
ジタンの右のこめかみ辺りから眉毛の上ぐらいまでにかけて、一文字の傷が出来ていた。そこから血が流れ出す。
傷そのものはそこまで深くは無かったが、血はどんどん流れていく。
「どうしたどうした!そんなんで姫を助けられんのか!」
バクーがガハハと豪快に笑いながら、再び身動きの取れないジタンに、剣を振りかざし襲ってきた。
ジタンはバクーを真っ直ぐに見上げた。
「・・・・・・ぁあッ!」
「ぐふッ・・・」

剣が振り下ろされようとした瞬間、一瞬だけバクーの腹に隙が出来た。
ジタンはすばやく懐に潜り込み、ダガーでバクーの腹を突いたのだ。

バクーは、一度だけフラッとよろめいてから、肩で息をするジタンを見てにかっと歯を見せて笑った。
「おめえの勝ちだ」
その笑みにジタンもつられて微笑んだ。
「クゥ〜ッ!いい腕してやがるぜっ!けっこう痛かったぞ!!」
ドスドスとジタンに近づいて、力の限りのパンチをジタンの腹にお見舞いした。
「うっ」
ジタンが小さく呻く。
「姫様のことはよろしく頼むわ!ガッハハハハッ・・・・・・!」
再び豪快に笑って、バクーは階段を上っていってしまった。
「手加減するなら最後までしてくれよ・・・・・・」
殴られた腹をさすりながら苦笑する。
二人は、ずっと剣のみねで戦っていた。
それでも、バクーの手加減がなければ、このこめかみの傷だけではすまなかったはずだ。
でもジタンには分かっていた。バクーは行かせてくれると。
二年前と同じようになると思っていたのもある。
けれどジタンは、バクーは行かせてくれると確信していた。
タンタラスの掟の中の一つ。
『自分の生き方に正直になること』
(今思えば・・・・・・バクーは、最初っから分かってたのかもな・・・・・・)
ジタンが気絶していたために、バクーとはまともに話せなかった。
それでも、バクーはジタンを見て察したのだろう。
「こいつ、姫を助けに行くつもりだ」と。
(今も二年前も、きっとそうだったんだ)
「ったく・・・」
ダガーを静かにしまう。
ぱた、と壊れかけた絨毯にシミが一つ出来る。
「ホント、世話になった。本当に助かった・・・・・・」
小さい声で呟く。もう一つ、絨毯にシミが出来た。
「絶対・・・・・・どうにかするから・・・この歪んだ空間を・・・どうにかするから・・・」
手で乱暴に目を擦る。最後の一粒の光りが、最後のシミを作った。
「絶対、生き延びろよ・・・・・・・・・!!」


「よお、どうだった?」
貨物室をあとに、廊下だった部屋へ出ると、二年前と同じ壁にブランクが寄りかかっていた。
「ん?ああ。楽勝だったぜ!当たり前じゃねえか!」
「嘘吐け。その傷はどうした」
「・・・・・・わーるかったなあ。うん、結構手ごわかったぜ」
「手加減してもらったのに何言ってんだ・・・」
からかい気味にブランクが笑う。
「ほら、これ」
小さな瓶がジタンに向かって投げられた。慌ててキャッチする。
投げられたそれは、紫色の小瓶に入った、中身まで青紫のブランクの特製薬だった。
「取り合えず、なんか効きそうな薬草も一緒に調合してみた。多めに入ってるから、なんかあったらビビにも使え」
「ん、サンキュ」
ジタンは瓶の中の液体を一度じっと見つめてから、割れないようにポケットに入れた。
真剣な面持ちでブランクを見ると、反対できないような強い調子の声で言った。
「お前は残れよ」
「そう言うと思ったぜ・・・・・・」
くはっと喉で笑う。ジタンの考えは、すでにブランクに見透かされていたようだった。
「安心しろ。オレだってボス達を抜け道に案内しなけりゃいけないんだ」
「ああ、そうだったな。ちゃんと逃がしてくれよ?」
その言葉を聴くと、ブランクは口の端を曲げて、ニカッと笑った。
「オレはヘマはしない」
「安心した」
ジタンもニッと笑う。目前にある外への出口の向こうから、スタイナーとビビが騒ぐ声が聞こえている。
・・・・・大半は、スタイナーがビビに自分の武勇伝を聞いてもらっているのだが。
「装備は大丈夫か?」
「ああ、一応な。でもアレクサンドリアにアルテマウエポンを置いてきちまったのは痛手だったな・・・」
がしがしと頭をかく。その言葉を聞いて、ブランクが腰のポーチから何かを取り出した。
「ほら、これ」
それもまたジタンに投げて渡す。ジタンは「投げんな」と文句を言いながらも確りキャッチする。
それは、布を巻いてある短刀で、見覚えのある物だった。
「これって・・・」
「ボスからの餞別。ったく・・・抜けるっていっても仲間なのによ・・・大げさだぜ・・・」
見覚えがあるのも当然、それは、二年前の冒険の序盤でつかった、『メイジマッシャー』だった。
「それで少しは楽になると思うぜ。ダガーよりはな」
「ブランク・・・・・・」
ブランクがジタンを見つめる。もう一度、笑みを浮かべて、
「もう二度と、そのツラ俺に見せることになるなよ」
一拍置いて、ジタンが、
「絶対に生き延びろよ!」
二人でタンタラスの合図を送りあった。




「そして!自分は勇敢にもその敵に切りかかり、その勢いのまま・・・・・・・・・」
「おーい、おっさん。自慢話はその辺にしとけー」
機会のように喋り捲るスタイナーの背中を一回蹴る。瞬間、スタイナーはジタンの目の前まで近づいてきて、
「おそぉぉぉい!!!姫様が危ないというのに、なーにをやっておった貴様!!」
さっきまで自分の自慢話をしていた事を棚に上げ、ジャンプして自己主張というどこか間抜けな怒り方をしながら、スタイナーはまくし立てようとした。
が、ジタンに制されてそれより先はいえなかった。
「悪い。今から行くぜ」
「うむ!」
意気込んで剣を出し抜きするスタイナーの後ろで、ビビがジタンの服の先をつまんだ。
「ん?どしたビビ?」
「あの・・・・・・・」
ジタンがビビをジッと見つめると、ビビは恥ずかしいのか、俯いてしまった。
ジタンが口を開こうとしたとき、帽子を一度被りなおして、ビビが顔を上げた。
「役に立てないかもしれないけど・・・僕・・・・・・・・・頑張るね」
その目は、力強く煌いていた。
その言葉が嬉しくて、思わずジタンは顔が綻んだ。
「よっし・・・頑張ろうな」
くしゃっとせっかく直した帽子を乱す。ちょっと困ったような表情を浮かべながらも、
「うん」
とビビは言った。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よしっ・・・行くか!」
その声が合図となって、三人は森の最奥へ向かって走り出した。