第5場面 序章の悪夢



「・・・・・・・・・ビビ・・・・・・・・・?」
ジタンの口から発せられたその名は、目の前に居るとんがり帽子を被った男の子が、身体のあちらこちらについた埃を払う手を止めた。
一拍おいて、何かを思い出したように唐突に顔を上げた。
しばらくの間、ジタンと男の子が見つめあう。
「・・・・ど・・・して?」
男の子の口から、かすれた声が漏れる。その瞬間、ジタンはパッと顔を輝かせた。
「ビビ!ビビ、ビビ、ビビ、ビビ、ビビ!!よかった!!!もう一度会えた!!!」
そう言うとジタンはビビを抱きかかえ、その場で踊り始めた。
「ビビーーーーーーーー!ビビーーーーーー!ビビ!ビビ!ビビ!ビビ!!」
「・・・ビビ!?」
今度はダガーがジタンの元へ駆け寄り、ビビに話しかけ始める。
「ビビ・・・!逢いたかった・・・!ビビィ・・・!」
ぽつ、ぽつと澄んだ涙が、ダガーの足下の木材やら機材やらに落ちていく。
と、ここで先ほどから何回も聞いている、ガシャガシャという喧しい音が二人に近づいてきた。
「ビビ殿ぉぉおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉ!!!」
スタイナーが顔をぐしゃぐしゃにしながら突進してくる。
さすがに命の危険を感じたのか、今まで無抵抗だった(抵抗できる状態ではなかった)ビビがもがき、ジタンの腕からすり抜けた。
「あっ・・・ビビ・・・」
「ビービーどーのぉぉぉおぉぉおぉぉぉ!!」
「のああああーーーーーーーーーーーッッ!!」

ブレーキのきかなくなったスタイナーは、そのままジタンに激突。
そのまま縺れ、転がり、のびていたブランクを轢いた。
「ぅわぇっ!?!?」
その衝撃でブランクが飛び起きる。すぐさま状況を把握しようと周りを見回し、皆と同じようにビビに目を留めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
しかしこの現象を一番理解しているだろうブランクは、悲しい目でビビを見つめる。

ぐちゃぐちゃになった機材、周りから降りかかる鋭く冷たい視線、
そして自分の名を連呼し踊り狂った挙句、鎧を纏った大柄な男と一緒に奥のほうの城壁に激突した二人をジッと見ていたビビだったが。
異常事態におびえながらもか細い声を絞り出した。
「ど・・・どうして・・・僕の名前を・・・・・・?」
「ぇ・・・・・・・・・・・・?」
その場の空気が凍りつく。
ダガーの涙さえも止まってしまっていた。
「今、なんて・・・・・・・・・」
恐る恐る、ダガーが声をかける。
ビビはダガーが泣いているのに少しだけ戸惑っているようで、しばらくは上目遣いにダガーの顔色を伺っていた。
が、ようやく口を開いてもう一度言葉を紡ぐ。
「えと・・・・・・どうして、僕の名前を知っているの・・・?」
沈黙が降りる。
「どうして・・・?どうして覚えていないの・・・?」
ダガーが泣き崩れるようにビビの肩を掴む。額をビビの胸に押し付けすすり泣く。
「どうして・・・どうして・・・どうして、どうして!どうして!どうして!どうして!!」
狂ったようにビビの肩を揺さぶる。ビビは口を聞く事もできず、「ぁぅ」と声を漏らすだけだった。
「やめろ!!」
鋭い声がダガーをとめる。声の主は、ブランクだった。
ツカツカと二人に歩み寄り、ダガーの手首をきつく掴んだ。
「お姫さん、あんたの気持も分かる。けどよ、今ビビは何も知らない状態なんだぜ。それを問いまくったってしょうがねーだろ!」
「だって・・・・・・!ビビが・・・ビビがこんなに近くに居るのに・・・・・・・・!!」
くしゃっと顔を歪ませて、すとんと座り込む。
ブランクはダガーに一度だけ視線を送った後ビビに向き直り、
「ごめんな、いきなり。お前、名前は?」
優しい微笑でビビに問う。ビビは少し安心したようで、表情を和らげて答えた。
「ビビ・・・ビビ・オルニティア・・・・・・・・・」
「そっか、ビビか。いい名前だな」
その言葉が嬉しかったようで、ビビが柔らかく微笑む。

「なにをしている!!そこの者たち!!」
雷のように鋭くすさまじい声が会場に響き渡った。
舞台の上に居る全員の間に、ピンとした冷たい空気が張り詰める。
今まで呆然として傍観していただけのブラネ女王が、正気に戻り状況を把握したのだ。
「怪しい奴等め!!兵よ、何をしている!奴等を捕らえよ!!」
そうブラネが命令した途端、ぞろぞろと兵士達が舞台に上がってきた。
「おい、ジタン!さっさとおきやがれ!!」
ブランクがのびているジタンの頭を蹴り飛ばす。待ってましたとばかりにジタンが飛び起きる。
「バーカ、起きてるっての!いちいち蹴るな!」
「じゃさっさと起きろよ!今どんな状況か分かってんのかよ!」
そうブランクに言われ、ジタンがハッとした様に周りを見回し、大勢の兵士達を見ると、
「・・・・・・・・・・・・・おうおう、こりゃあ暴れがいがあるなぁ」
チロリと舌で唇を舐める。
兵士はダガーとビビの周りを取り囲みはじめていた。
ビビはただただおびえ、兵士の手から逃れようと逃げ回っていた。
ダガーには危害は加えないとは思うが、このままだと物語がめちゃくちゃになってしまう―――――
そう考えたブランクは、すぐさまジタンを引き連れて二人のもとに向かう。
「ぅああ!!」
ビビのローブを兵士が乱暴に掴んだ。そのまま持ち上げられて、ビビはばたばたと足を激しく動かしている。
「せいっ!!」
ジタンがビビを掴んでいる兵士の脇に滑り込み、腰にさしていたダガーの柄で攻撃する。
「うっ・・・!」
「うきゃあっ!!」
兵士の力が痛みのせいで緩む。ビビは落ちた勢いででんぐり返りし、そのままブランクに保護された。
「おい、バクー!!厄介ごとになる前に劇場船だしてくれ!」
50人あまりの兵士達と戦いながら、ジタンが叫ぶ。
丁度今機材の山から這い出してきたバクーは、一瞬きょとんとした後声を荒げて怒鳴りかえす。
「なーにが起こってんだ!?ちゃんと説明しやがれ!」
「いいからっ!お姫さんはもう居るから、早くしてくれ!」
加勢したブランクも叫ぶ。
「あとでちゃんと説明してもらうからな、わかったな!?」
「「アイアイサー!」」
強気な二人の声が被る。
「シナ、マーカス!さっさと出発の準備をしろ!逃げるぞ!」
「わかったずら!!」
ゴゥン・・・・・・・・
地の底から響くような、低く重い音が会場を揺るがす。
「ダガーッ!ビビをつれて奥へ逃げろ!!」
「わ、わかった!」
先ほどまで力の入らなかった足を無理矢理動かし、少しはなれたところで呆然としているビビの手を掴み走り出す。
「ガーネットさまぁッ・・・・・・・・!!」
追おうとした兵士を見て、ジタンがすぐさま思いっきり蹴りを入れる。
「おい、こいつら結構強ええぞ!!どういうことだ!?」
「だからさっき言っただろ!!モンスターが強化されてるって!」
「でもこいつらは人間だろ!?」
「俺達の敵なんだから同じようなもんだ!!」
言葉を交わしながらも隙を見せない二人。その二人の目に、ある光景が飛び込んできた。
「おっさん・・・・・・・!!」
城壁に激突した後、ずっと放って置かれたスタイナーに歩み寄る二つの影があった。
ジタンの記憶が呼び覚まされる―――――
(あれは・・・・・・・ハーゲンとワイマール・・・?)
ジタンは危機が迫っているであろうスタイナーの方へ行く事にしたようで、きびすを返してハーゲンとワイマールに標的をあわせた。
「ブランク!多分おっさんが危ないから、そいつら頼む!」
「え、おま、ちょ・・・・・・待てよ!!」
必死で呼び止めるブランクの声を完全に無視し、スタイナーのもとへ走る。
「ううむ・・・・・・・・ん?おお!ワイマールとハーゲン!」
「隊長、侵入者がいますよ」
「早く倒さないといけないんじゃないですか」
「ん?ああ、ジタンは一応自分の仲間で・・・・・・・」
「早く、倒しましょうよ!」
その瞬間、スタイナーは自分の目を疑った。

スタイナーのがっしりとした身体、それに加えて重苦しい鎧。
相当重いであろうその身体を、比較的ひょろりとしたハーゲンとワイマールが―――――
それぞれの腕を絡ませて、軽々と持ち上げたのだ。
「んな・・・・・・・!?」
「早く、戦いましょうよ」
「ほら、丁度侵入者がこっちに来てますよ」
そう言うや否や、ワイマールが腰からソードをぬいた。
そして横に真っ直ぐ薙いだ―――――

真横にあった城壁が深くえぐれ、正面にある機材がばらばらに砕け散っていた。
再びワイマールがジタンに向かってソードを薙ぐ。
「!!」
反射的に身をかわした刹那、取り残された兜が砕け散る。
ジタンの身体から血の気がサーッと引く。
「・・・ぅおい!おっさん!情けねーな!何やってんだよ!!」
「自分がききたいである!この二人がすごい力を授かってしまった!」
「はあ?なにいって・・・・・・」
ビュンッ!
「うわっ!」
0.1秒前までジタンの頭があったところにソードが突っ込む。
逃げ遅れた髪の毛が、キラキラと中に舞う。
「くっそーーーーーーーー!ブランク、これもまさか・・・っ」
「今俺に話かけんじゃねーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
先ほどよりは数が減ったものの、十数人の兵士を一度に相手しているブランクには、問う声に答えるのも難しいようだ。
もとはといえばジタンが兵士全てを任せておいてきたので、しかたないと舌を少し出す。
「おい、おっさん!おっさんの力なら振りほどけるだろ!こっちもやべーんだよ!」
「うるさい!いまやっている!!」
馬鹿力を精一杯振るっているようだが、モンスター並みに強くなっている二人にはかなわない。
ましてや一応自分の部下なのだから、そんなに手荒なまねは出来ない。
「頑張ってください、隊長〜!」
「我々も加勢しますよ〜」
にっこり笑ってハーゲンとワイマールが言う。
直後、ジタンに向かってありえない力でスタイナーが放られた。
「うああわっ!」
もろに直撃を受け、さらに下敷きになったジタンは苦しそうに血を吐く。
「ジタン!」
「ジタンっ!」
ブランクとダガーの声が重なる。その瞬間、ブランクの相手をしていた兵士達が一斉にダガーの声が聞こえた方向を向く。
その隙にブランクは兵士に蹴りやみねうちを性格に当てていく。
しかし全員は当然しとめられるはずもなく、何人かが劇場船の入り口にむかい走り出してしまっていた。
「しまっ・・・・・・」
ブオオオオオオオオオオオオンッ
ブランクが思わず呟いた声は、すさまじいエンジン音にかき消された。
「おらあ!お前らあ!どっかにつかまってろ!!」
バクーの声が響く。よろよろしながらもスタイナーを押しのけ、突起につかまろうとしたジタンだったが。
ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ
行動に移る時間を微塵も与えずに劇場船は空に飛び立つ。
ジタンを含めた兵士達がわあわあ言いながら舞台をすべり、観客席にダイブしようととしている。
突起は幾らでもあるが、舞台に降り積もった瓦礫も滑り落ちてくるのでなかなかつかめないようで、ヘリを乗り越えこぼれ墜ちていく。
「手ぇのばせっ!!」
鋭い声。反射的にジタンは手をのばす。
間一髪、ブランクの伸ばした左手にジタンの右手が重なる。
ゴオオオオオッ・・・・・・
空気を揺るがしながら劇場船は上昇し続ける。
地震が起きたのかと錯覚するほど揺れる劇場船のへりに、宙吊りになったまま二人は必死になって他の突起物につかまろうとする。
「おい、ジタン!おっさんは!?」
「わかんねえけど・・・おっさんは大丈夫だ!あの執着力なら絶対無事だって!」
「もし墜ちてたらどんな仕返しされるかわかんねえな!」
「だなっ!」
そんな冗談を交わしていた二人だったが。


「・・・・・・・・・・武器までパワーアップしてんだな」
ゴロゴロと音を立てて出てきた巨大な大砲―――――前見たときよりもかなり大きくなった大砲を見て呆然とブランクが呟く。
「どうする」
「どうしようもねえなあ・・・・・・」
同時に大きな溜息をつく。今二人に出来る事は一つ。

「「バクウウウウウウ!!でっけー大砲がくるぞおおおおおおおおお!」」
すさまじいエンジン音に負けない大声で叫ぶ。
一拍遅れて劇場船が急旋回する。
「うわあああっ」
「こんなんじゃおっさんも振り落とされてるかもな!」
「かなり笑い事じゃねえぉぞ!!」
そういいながらも必死にヘリにしがみつく。
ドオンッ!
後方で爆発音が響く。
二人の背筋に悪寒が走る。恐る恐る振り向く―――――

ボム―――――

それの存在を確認した直後、
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
すぐ脇の舞台に当たるところにボムが直撃した。爆風がアレクサンドリア城周辺までも取り巻く。
観客席は大騒ぎになっていることにいまさら気づく。
「バクー!直撃したぞ!」
「わーってらあ!うっせえから黙りやがれ!!」
ブランクの怒鳴り声に勝る大声が降る。しかしそれさえも爆風とエンジン音に消されてしまう。
「とりあえずさっさとあがろうぜ!まじでやべえよ!」
「そうできるんだったらとっくにしてる!」
ボムはどんどん膨張していく。
同時に、舞台がバリバリと音を立てて破壊されていく。
二人の命綱であるヘリが崩れるのも時間の問題だった。
ブォンッ!!
突然、一際高くエンジンがうなり、速度を上げ始めた。
「まずいぞ、このまま魔の森に突っ込んだら二年前よりも酷い惨事になるぞ!!」
「何考えてんだバクー達は!」
そろそろ手に限界が近づいてきているようで、擦れて血が出ていた。
それでも意地でヘリを掴み続ける。
と、風に煽られたのか、舞台機材のコードが二人の目の前に垂れ下がってきた。
手を伸ばし、それにつかまる。
「さっさと上れブランク!オレは男のケツなんて見てたくねー!」
「うっせえ!誰が助けてやったと思ってんだ!」
「ぎゃあぎゃあ言ってねえでさっさと上がりやがれ!バカヤロウども!!」
「「アイアイサー!!」」



丁度二人が劇場船内部に無事入れた頃、ボムは劇場船の半分ほどの大きさに膨張していた。
ぶるぶる震えていて、今にも爆発しそうだった。
「どうすんだこれ」
「戦ってる時間なんてねえしな・・・・・・・」
「かといってこのままにしてても、その内爆発するだろうな・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
ジタンがあきらめたように頭を掻く。ブランクはすでに逃げる準備に取り掛かっている。
「皆を案内しよう。少しでもボムから離れたほうがいい」
そう言うや否や、ブランクはすぐさま奥へと走りだした。
ジタンも慌てて追う。
その瞬間。
ジタンの首筋に何かが走った。



「皆伏せろ!!」
ジタンの声が響く。刹那、
カッ・・・・・・・・・!!
何もかもが、見えなくなった。




爆音は全く聞こえない。否、あまりにも大きすぎる音で、耳が麻痺しているのだろうか。
とにかく、今のジタンには何一つ音が聞こえることは無く、何一つ見えることは無かった。
(しん、だ・・・・・・・・・・・・?)
最悪のシナリオが頭をよぎる。
(いや、そんなはずは・・・ない・・・・・・)
何処だかわからないがジタンの身体―――もはや身体があるのかさえも疑わしいが―――がぎしぎしと軋み、悲鳴を上げていた。
痛みがあるということは、生きている証拠。軋む身体を無理矢理起こすよう命じる。
「・・・っ痛・・・・・・・・・・・・」
身体全体が石のように重く、壊れかけた扉のように軋んでいた。

ゴオオオオオ・・・
麻痺していた耳にようやく音が届く。同時に、目が光を求め、世界を写し始めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘だろ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

目の前に広がる世界。
身体にまとわりつく霧。鬱蒼と茂る木々。その間に垣間見える曇った空。
目の前に広がる、もはや原型を残していない残骸。
そして炎。

曇った空に向かって、紅い触手を伸ばしていた。