第2場面 手の温もり



アレクサンドリア城の客間のソファに、ジタン、シド、スタイナーがなんとも気まずい雰囲気でそこに居た。
ジタンは手を組んで、その上にあごを乗せてジッと正面の扉を睨んでいる。
シドは疲れ果てたような顔で、ソファにもたれかかっている。一気に老人になったようだった。
スタイナーは客間をいったりきたりしては、髪の毛をを掻き毟っている。
全員、イライラしているのにはかわりないようだった。
と。
キィ・・・
ジタンの熱い視線を受けていた扉が、ゆっくりと開く。
それに反応して、三人がいっせいに扉を凝視する。
入ってきたのは、ダガーだった。
「エーコの具合は?」
ダガーは扉を閉め、自分も紅いソファに腰掛ける。一口紅茶をのんでから、やっと質問に答えた。
「大丈夫。命に別状とか、そう言うのではないから。でも、今は精神的に弱ってしまっているわ」
その答えに、風船の空気が抜けるようにシドがしぼんだ。
「二年前の冒険のとき、私も声が出せなくなってしまったでしょう?ちょうど、そんな感じなの」
「それでは、エーコ殿しだいという事ですか?」
スタイナーが口を開く。何時もジタンを怒鳴っているときとは違う、重い声だった。
こくり、とダガーが頷く。
「まぁ・・・楽しい事を思い浮かべればいいんだよな。丁度今日は誕生祭だし、少しはエーコの心の支えになると思うぜ」
「しかし、エーコ殿はそれほどにビビ殿のことを気にかけるのですか」
その言葉に、ダガーとジタンの顔色がサッと変わる。スタイナーも、自分が悪い質問をしたと悟ったようだ。
「すみませぬ。姫様。いらぬ質問でした」
そうスタイナーが付け足したが、二人は複雑な表情のまま考え込んでいる。
スタイナーが、話題を変えようと口を開きかけたとき、ジタンが話し出した。
「エーコはな・・・ビビとの約束を守れなかった事が苦しいんだ・・・・・・」
「約束・・・・・・?」
ジタンが心を落ち着かせるように、一回頷く。
「ビビが止まってしまう・・・・・・直前にな、エーコはビビの約束を破ってしまったんだ」
そこまで言うと、カップに紅茶を注ぎ砂糖を入れてかき混ぜはじめた。カチャリ、とシュガースプーンとカップが音を立てる。
「ビビがな・・・エーコに『遊びに来てくれ』って手紙を出したんだ。エーコも遊びに行きたがってたから。だけどな・・・・・・・・・」
ごくっと、一気に紅茶を飲み干す。その間が、何時間にも感じられる。
「遊びに行く約束だったその日、エーコは用事が入っちまってな。いけなくなっちまったんだ。
 一日だけなら大丈夫だとエーコは思っていた。けど、次の日に黒魔導士の村に行ったらな・・・・・・」
ジタンの言葉が詰まる。スタイナーはもどかしくてしょうがないようだった。
いつまでたってもジタンが黙ったままなので、ダガーが変わりに話し出す。
「黒魔導士の村につくと、何かが違うの。村全体が悲しんでいるような。そんな感じだったらしいの。
 黒魔導士の皆が一つの家に集まっているのを見て、エーコもその家に行ったの・・・・・・
 そこには、他の家と比べると少し小さめのベッドがあって・・・。そこに、一人の黒魔導士が寝かされていたの・・・・・・」
ダガーの手が震えている。よほどつらいのだろう。
「エーコが・・・その黒魔導士をよく見ようとしたの・・・・・・エーコは目を見張ったわ。だってそこに寝かされていたのは・・・・・・・・・・・・」
「ビビ・・・・・・殿・・・・・・・・・」
スタイナーが続けて言う。ジタンとダガーが俯く。
ダガーは肩を震わせている。泣いている様だった。瞳から、一粒の涙がこぼれる。
「近くに居た黒魔導士の話が聞こえてしまったの・・・・・・『昨日の夜止まった』って・・・・・・」
「!!」
ガラン・・・
大きな剣が薄いピンクのカーペットに落ちる。重い剣は、カーペットの上でも十分に音が響く。
「それから・・・その日一日、エーコは泣いたわ。なんで、『昨日会いに行かなかったんだ』って。
『どうして止まってしまったの』って・・・・。黒魔導士の誰よりも大きな声を上げて、大粒の涙を流して・・・・・・」
うっと、ダガーが呻く。ジタンがダガーの横に座り、肩を抱く。大分長くなった美しい漆黒の黒髪を撫でる。
「その次の日は・・・けろっとしてたって言ってたけどな・・・・・・きっと、心の中では苦しかったんだろう。俺達が会いに行ったときとか、部屋ですすり泣いていたのが聞こえてたぜ・・・・・・」
シドのすっかりしぼんだ体がピクンっと反応する。
「わしは・・・・・・父親のくせに・・・そんな・・・・・・気づいておらんかった・・・・・・」
両手で顔を覆う。スタイナーは、窓の外を見ている。が、肩が震えているのを見ると、泣いているようだった。
「それでも俺が帰ってくるまでは元気だったらしいけどな・・・。俺が帰ってきた日から・・・その日からだよ。エーコが俺達を避け始めたのは。
 エーコは『れでぃは色々と忙しいのっ!』とか言ってたけどな・・・。俺だけが帰ってきたから、一層つらくなったんだろう・・・・・・・・・クソッ・・・・・・8歳のくせに無理しやがってっ・・・・・・!」
それっきり、会話は途絶えた。すすり泣く声だけが聞こえてくる。
パンッ!
と、ジタンが手を合わせる。その音に驚いて、三人がジタンを凝視する。
「もう泣くな!おっさん達!エーコだって今まで頑張ってきたんだぞ。おっさん達も頑張れよ!今日はさ、ダガーの誕生祭なんだからさ。エーコが死ぬわけじゃないだろ?」
その言葉におされ、スタイナーがごつごつした鎧で乱暴に目をこする。シドも、自分の顔をパンッとたたいた。
「そうだな・・・・・・ジタン!たまにはいいことを言うではないか!」
「ん〜なんだか気になる節があるけどまあいっか♪頑張れよ!おっさん!」
「そうじゃ・・・ワシがエーコを支えてやるのじゃ・・・・・・!愛するエーコのためならば!」
バックに炎を背負って、シドが言う。顔に涙の後があるのであまりかっこよくは無い。
「その意気だ!シドのおっさん。頑張ってエーコを支えてやれよ!」
スタイナーとシドは、扉を乱暴に開け放って、客間を出ていった。
もうもうと、埃が舞っている。
「・・・・・・さぁ、ダガー。行こう」
「じ・・・・・・たん・・・・・・」
「そんな真っ赤な目じゃ、せっかくの主役が台無しだぜ?大丈夫。ほら、笑おうぜ?」
ダガーが弱々しい微笑を浮かべる。今のダガーには、それが精一杯だった。
「じゃあ・・・・・・行こうか」
「・・・ええ」
ジタンが差し伸べた手をとり、立ち上がる。それさえも、難しいようだった。


夜。アレクサンドリアは静まりかえっている。
昼間の慌ただしさの痕跡は、どこにも残っていない。
どの家々にも、明りは灯っていなかった。
どこからか音楽が聞こえきた。丁度2年前のこの日に流れていた曲。
ドォォォン・・・
その音楽を合図に、花火が何発も打ち上げられる。空一面に、明るい花が咲いては消える。
音楽が更に感情的に、楽しい調子に変わってくる。
夜の花が散る中、劇場の中心に指揮者がいる。その周りには様々な楽器を持った人達がきれいに並んでいる。
そして、指揮者が指揮棒を振り上げる。再び、それが合図となった
「ガーネット様、御誕生日おめでとうございます!」
アレクサンドリアの人達が、声をそろえて言う。花が一層大きくなった。
全員が見つめる先、アレクサンドリア城の中ほどに位置するテラスにはダガーが、美しい姿で座っていた。
薄い空色がかかった白を基調にした清楚なドレス。頭には、カチューシャの様に並んだホワイトパール。
胸元には、ダガーの誕生石であるガーネットの大きなネックレスを付けていた。
祝福の言葉が飛び交う中、ダガーは静かに右手を上げて制止する。
ざわめきがピタッと止み、全ての人の視線を浴びながらダガーが言う。
「みなさん、今日は私だけのために色々と準備をしてくれてありがとうございます。こんなに沢山の方から祝福の言葉を受けて、私はとても幸せです」
ピューッと、口笛が聞こえてくる。同時に、盛大な拍手が送られる。
「では、アレクサンドリアの繁栄と、みなさんの永遠の絆を願って。乾杯!
「「「かんぱーい!!」」」
あちこちから、乾杯の声が聞こえてくる。普通のコップにジュースを入れている者、ワイングラスにワインを揺らめかせている者。
さまざまな色が、高く上げられている。
ささやかな会話で談笑しているとき、劇場の下のほうから音が流れ出す。
ヴーーーーーーーーーッッ!
その音で、劇場は静まりかえる。劇場の中心にあたる部分から、光が漏れ出す。
その光はどんどん強くなっていく。劇場にいる誰もが目を瞑った。
そして、再び目を開けたとき―――――
「タンタラス、登場ーーーーーーっっ!」
光は、巨大な飛空挺に変わっていた。飛空挺そのものから光が放たれている。
ワァァァァァッッ!!
盛大な拍手と歓声が送られた。いつの間にか、バクーが劇場の中心に立っている。
一回、ゴホンッと咳払いをする。再び、劇場が静寂に包まれる。
「今宵、我らが語るのは、はるか遠い昔の物語でございます。「君の小鳥になりたい」。コーネリア姫とマーカスの出会いの記録。
 物語は、コーネリア姫のある夜から始まります。それでは、ロイヤルシートにおられますガーネット女王様、そして貴族の方々も、屋根の上からご覧の方々も、
 手にはどうぞ厚手のハンカチをご用意くださいませ」
飛空挺の光が弱くなる。バクーが闇に消えていく。
「はぁ・・・」
ため息が聞こえる。だんだん、劇場の照明がともされていく。劇場に、ルビィ―――――コーネリア姫が浮かび上がる。
「ああ、この風ぐらいにも私は自由になれない。密かに息づく小さな虫たちだって、私よりは自由なはずなのに」
青い月が劇場を照らす。まさに、それは神秘そのものだった。コーネリア姫が月を見て言う。
「あの蒼い月でさえ、私を照らし、自由に生きている。それに比べて・・・私は・・・」
「コーネリア、気分はどうだ?」
バクー―――――レア王がコーネリア姫に声をかける。コーネリア姫は、レア王とは目をあわそうとせず、俯いている。
「お父様・・・・・・」
「心配せんでも、お前の未来の安泰は保障する。婚約の手立てもすでにある」
「えっ!?」
『婚約』という単語に反応し、思わず声を上げる。レア王は「ほっほ」と笑い、笑顔で言う。
「心配するでない。何人かの候補者がいる。その中から選ぶといいだろう。お前の選んだ男しか認めんよ」
笑いながら、コーネリア姫の部屋から出て行く。
「・・・・・・・・・それじゃあ・・・・・・結局お父様が決めた中から選ぶんじゃない・・・・・・」
ぽろぽろと、涙をこぼすコーネリア姫。丁度よく、冷たい風が通り過ぎた。


「あいつ、すげぇな」
舞台裏で待機していたブランクが感心したように言う。その言葉に、ジタンも頷く。
「ルビィさ、今回相当頑張ってたぜ。『うちの劇団魂見せてやるでぇ!』ってな」
「おー。変なところで強いんだよなぁ。あいつ」
ルビィの演技は続けられている。そろそろ、二人の出番が近づいてきた。
「そろそろだな」
「ああ。小道具持ってるか?」
「あたりまえだろ」
顔を見合わせてニカッと笑う。光り輝くスポットライトに向かって走り出した。


「どうしたらいいの・・・私・・・」
コーネリア姫が嘆く。と、そこへ―――――
「見つけたぞ!コーネリア姫!」
「貴女を誘拐させていただきます!」
「えっ?」
ブランク、ジタン、マーカスが登場する。3人とも短剣を腰にさしていて、いかにも盗賊といった感じだった。
「いっそげーーー!」
ブランクがひょいとコーネリア姫を担ぐ。
(ちょ・・・!ブランク、攫い方違うやろ!?)
(そんなもん忘れちまった。これでいいんだよ!)
(恥ずかしいっていっとんのや!!)
コソコソと、ブランクとルビィが言い合う。
(こんなときに言い合えるって言うのがすげーよな)
(・・・・・・そうッスね・・・)
内心ため息をつきながらも、劇を進めていく。


「この展開・・・私のときに似ている・・・」
テラスで見ていたダガーが、くすっと笑う。
「女王様、エーコを御呼びいたしました」
2年前よりも伸びた髪を揺らしながら、ベアトリクスが言う。
「ありがとう。通して」
ベアトリクスの影から寝巻き姿のエーコが出てくる。
「エーコ、こっちよ。いらっしゃい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
無言でダガーに近づく。しかし、すぐに足を止める。目線は観客にあった。
その意を察したダガーがすぐさまベアトリクスに言う。
「エーコに、きれいな服を着せてあげてください。この格好でいるのは恥ずかしいのよね?」
こくっと小さく頷く。ベアトリクスが敬礼をし、エーコを連れて城内に戻っていく。
「ここから・・・・・・私達の冒険が始まったのね」


(ここから・・・・・・俺達の冒険が始まったんだ)
物語は、丁度コーネリア姫とマーカスが恋におちるところだった。そろそろ、2年前の冒険の瞬間に差し掛かる。
あの日から、色々な事があった。まさか自分がガイアの人間じゃないなんて思いもしなかった。
全ての運命がはじまる、あの日から。
「おい、そろそろチャンバラだから準備しとけよ」
「おう」
腰にさした短剣を見る。もちろん作り物だが、触るとうずうずしてくる。
(くそ・・・また冒険行きてぇな・・・)
「ほら、行くぞ」
再び、光を浴びて舞台に出る。
劇は順調に進んでいく。あと少しでチャンバラだ。
「なぜ止めるっ!ブランク!!」
「ジタンよ、冷静になってよく考えてみろよ。シュナイダー王子とコーネリア姫が結婚すれば、ふたつの国は平和になるのだ!」
「笑止千万! それですべてが丸く納まれば、世の中に不仕合わせなど存在しない!
 コーネリア姫の幸せにはならない!マーカスを悲しみに陥れるつもりか!」

そうさ・・・



(え・・・・・・?)

お前達を再び悲しみに陥れるのだ


「!?」
(ジタン!台詞が違うだろ!)
ブランクが囁くが、それどころではないジタンには聞こえていない。
さすがに様子がおかしいと悟ったのか、ブランクも構える。

こんな平和なんぞ、一瞬にして崩してやるわ・・・


「誰だ!?」
突然のジタンの叫びに、劇場がざわめく。テラスでは、ダガーが立ち上がり、空を仰いでいる。
「なに・・・?誰・・・・・・!?」
どうやらダガーも聞こえているようだった。それに気づいたジタンが叫ぶ。
「ダガー!武器を!」
「わかった!」
ダガーが急いで武器庫へ向かう。声は付きまとう

無駄だ・・・もうお前達は我のシナリオの中にいる・・・


「誰なんだって聞いてんだよっ!!」
たまらなくなってジタンが怒りだす。観客は戸惑い、ブランク達もおたおたしている。
「どうしたんだ!!ジタン!」
その質問には答えず、ジタンは空を仰ぐ。
と、信じられない事が起こった。

―――――紅い月が蒼い月の隣に現れた―――――

「!?」
「なんだありゃあ!?」
観客たちも気づいたらしく、所々から悲鳴が上がっている。
「ジタン!」
ダガーが武器を抱えてジタンのもとへ走ってくる。
ジタンが武器を受け取ると、紅い月を見て手で口を覆う。
「・・・・・・っ!!」
「てめぇ出て来いよ!!」
ダガーをしっかり抱きながら、ジタンが叫ぶ。しかし、雲が揺れるだけで何も変わらない。

さあ・・・悪夢をもう一度見るがいい お前達を消してやる・・・!


その途端―――――世界が歪んだ。
上へ、下へ、右へ、左へ。全てが原型をとどめられずに弄ばれている。
「なんだ・・・よ・・・これはっ!」
自分で自分が分からなくなるほど目が回る。ダガーを抱く手だけは確りと感覚がある。
「じ・・・たん・・・」
ブワワッッ!
紅い光が世界を包む。その光が物凄い力で二人を引き剥がす。
「っ!!ダガー!!」
「ジタン!!」
伸ばしたては空を掴む。そのまま別々の方向に堕ちて行った。




第一幕・・・始まりだ・・・